【講演要旨】地域と暮らしのレジリエンス
〜「誰一人取り残さない防災」の実現に向けて〜
講師:熊本学園大学 高林秀明 先生 (於:弥富防災ゼロの会 主催講演会)
序章:過酷な避難環境ゆえに起こる「関連死」
阪神・淡路大震災から東日本大震災、そして熊本地震、能登半島地震へと続く中で、災害のたびに多くの関連死が起こっています。
- 熊本地震の現実: 死者278人のうち、関連死は223人(約8割)。
- 能登半島地震の現実: 死者の6〜7割が関連死と言われる状況。
これは「命が助かった後の生活環境」があまりにも過酷で、守れたはずの命が、避難生活の中で失われているということです。
- 能登半島地震の現場から見る「人権なき避難生活」
私は発災直後から能登に入りましたが、そこで見た光景は、過去の教訓が生かされていない厳しい現実でした。
(1) 「TKB48」の未達成
避難所の環境改善の指標として**「TKB48(トイレ・キッチン・ベッドを48時間以内に整備する)」**という言葉があります。しかし、私が6日ほど活動した能登の避難所では発災から1ヶ月経っても、ダンボールベッドもパーテーションもなく、冷たい床での雑魚寝が続いていました。 水が出ないためトイレは不衛生になり、食事は栄養バランスが偏って、食欲が出ないような内容でした。これでは、特に高齢者は体力と気力を奪われ、あっという間に弱ってしまいます。
(2) 仮設住宅における「家族の崩壊」
さらに深刻なのが仮設住宅の問題です。 輪島市では、平地が少ないという事情はありましたが、仮設住宅の約26%が「1K(20平米)」の狭小タイプで、そこに2人で暮らすケースが多発しました。
- 物理的な狭さ: 国の1人暮らしの最低居住面積水準(25平米)を下回る狭さ。
- 生活の破綻: 認知症の夫と介護する妻が逃げ場のない空間に閉じ込められる。あるいは、高齢の親と子が同居し、プライバシーがない中でストレスが溜まり、関係の悪化やアルコール依存傾向、家族の不和(「親が嫌いになった」等の発言)に繋がっています。
【理由と結果】 「とりあえず住む場所があればいい」という行政施策の結果、「人間の尊厳」が守られない住環境が提供され、それが精神的・身体的な健康を蝕み、家族の絆さえも壊しているのです。
- 平時からの普遍主義の社会保障が生活再建のカギ
現在の被災者生活再建支援法では、上乗せの支援があったとしても、自宅を再建するには支援金が足りません。この状況は過去の災害から続いている生活再建支援制度の問題点です。
(1)住宅再建の見通しを確保するための十分な個人保障を
…自宅再建の場合、公的な制度によって、1世帯当たり2000万程度の支給を。現行の制度(被災者生活再建支援法の支援金と臨時特例金、義援金)では住宅再建は困難。
…仮設住宅の平均建築費は1450万円。もはや仮設である必要はない額となっています。希望に応じて解体した土地から(自宅の敷地に)恒久的住宅を建築することで早期の生活再建が可能となります。
…今日、建築資材の高騰や職人不足のために建築費が高くなっているため、「被災後に自宅再建資金として直接2000万円を補助する」**ほうが、生活再建は早く、地域経済も回り、結果としてコストも安く済むのです。
(2)平時からの普遍主義の社会保障を
…平時から良質な公共住宅の供給、無償の教育制度、医療費の少ない自己負担が、災害時も被災者の生活再建を支えます。しかし、日本は、先進国の中で、失業率がもっとも低く、貧困率がもっとも高い国です。つまり、ワーキングプアが多く、社会保障が十分に役割を果たしていません。高い教育費、少ない公営住宅、医療保険料・窓口負担の高さ等(中間層の保障の乏しさは分断を招く)など日本の社会保障は普遍主義より選別主義の特徴をもっています。日本の障害年金、生活保護等は選別主義の社会保障の典型例と言えます。
…普遍主義の前提には、まともな雇用・労働条件(社会政策の確立)が不可欠です。そして、普遍主義には普遍的な社会的権利の原理があり、サービスや現金給付を貧困・低所得層だけを対象とするのではなく、広く中間層をも対象としています。
…このような社会は、国家と国民の間には信頼があり、国家は社会改革のための機関という国民の認識、福祉制度への国家責任と意思決定・運営の分権化、階級間・男女間の少ない格差、議会制度と労働市場での決定への国民の参加などを特徴としています。
- 「ケアの倫理」で考える防災の判断
防災やボランティアの現場で、私たちはしばしば「ルール(正義)」と「目の前の命(ケア)」の板挟みになります。ここで重要になるのが、心理学者キャロル・ギリガンが提唱した**「ケアの倫理」**です。
「ハインツのジレンマ」からの示唆
「病気の妻を救う薬が高すぎて買えない夫(ハインツ)は、薬を盗むべきか?」という問いに対し、2つの考え方があります。
- 正義の倫理(ジェイク的思考): 「命は金より重いから盗んでも良い(権利の優先)」あるいは「盗みは犯罪だからダメ(ルールの遵守)」。論理的で断定的です。
- ケアの倫理(エイミー的思考): 「盗んだら夫が捕まり、妻の看病ができなくなる。だから盗まずに、お金を借りたり薬剤師と話し合ったりして、誰も傷つかない別の方法を探そう」。関係性を維持し、具体的な解決策を模索します。
コロナ禍のボランティアにおける応用
コロナ禍の豪雨災害時、「県境をまたぐ移動は自粛すべき(正義・ルール)」という空気が支配しました。しかし、現場には泥出しができずに困っている被災者がいました。 ここで「ルールだから行かない」と切り捨てるのではなく、「どうすれば感染させずに支援できるか(感染予防をする、距離を取る、PCR検査をする等)」を対話で調整し、関係性の中で解決策を探ること。 室崎益輝先生が仰った「溺れる子を助けるために(もしもそのまま手を差し伸べれば感染のリスクがあるならこれを避けるための工夫として)手袋をして手を差し伸べる」という姿勢こそが、災害時の「ケアの倫理」です。
- 若者の自己肯定感と「承認」される社会
日本の若者は、諸外国に比べて「自分に満足している」「社会を変えられる」という意識が極端に低いというデータがあります。
【理由】 これは、日本社会が「選別主義(できる人だけを評価する、困った人だけを選んで助ける)」であり、「ありのままの自分が社会に受け入れられている(承認)」という実感を持ちにくい構造だからです。
- 親和的承認(愛): 家族や身近な人からの愛。
- 法・制度的承認(権利): 困った時に権利として守られる安心感。
- 社会的承認(連帯): 自分の活動が誰かの役に立っているという実感。
普段から「助けてと言えない」「自分なんて役に立たない」と感じている社会では、いざ災害が起きても「互いに助け合う(共助)」力は生まれません。防災の土台は、誰もが大切にされる「普遍主義」の社会づくりにあるのです。
- 熊本市立尾ノ上小学校の避難所運営:住民自治・地域拠点
熊本地震の際、私が避難した小学校(1300人が避難)での実践は、住民自治のモデルケースとなりました。
成功の鍵:校長のリーダーシップと住民自治
発災直後、校長先生が放送で**「ボランティアできる人は集まってください」と呼びかけました。 これにより、避難者は「支援を待つお客さん」ではなく、「自分たちの生活を自分たちで守る運営者」**へと変わりました。
具体的な工夫と成果
- 組織化: 「食事班」「環境整備班」など役割を分担。
- 配食革命: 1300人が列を作って並ぶと2時間かかります。そこで、ダンボールトレイを作り、各班(教室単位)の代表が取りに来る方式に変更。わずか30分で行き渡り、並ぶ苦痛を解消しました。
- 役割が人を癒やす(社会的健康):
- 「五十肩で腕が上がらない」と言っていた男性が、世話役として奔走するうちに「治ってしまった」。
- 精神障害のある方が、役割を持って生き生きと活動した。
- 【理由】 人は「誰かの役に立っている」と感じる時、身体的・精神的な健康を取り戻す(レジリエンス)のです。
「地域支援班」の重要性
避難所には「来られる人」しかいません。他方、在宅で孤立している高齢者や障害者など避難所に来れない人たちがたくさんいます。 私たちは避難所に届いた支援物資をリヤカーに積み、断水している地域の団地などへ配りに行きました。避難所を**「避難する場所」から「地域全体を支える防災拠点」へと進化させた**のです。
- 結び:岩手県沢内村の「生命尊重」に学ぶ
かつて岩手県沢内村(現・西和賀町)は、豪雪と貧困、多病に苦しんでいました。しかし、村長と村民が一体となり「生命尊重」を掲げ、日本で初めて乳児死亡率ゼロを達成しました。 **「人間の命に格差があってはならない」**という、この普遍的な思想こそが、これからの防災に求められています。
結論として: 災害に強い地域(レジリエンス)とは、普段から、若者が希望を持ち、支援を必要としている人たちが孤立せず、**「あなたが必要だ」と互いに承認し合える関係性(ケアの倫理)**を築いておくこと。それが、いざという時に「誰一人取り残さない」力になるのです。
講師 高林 秀明 氏(熊本学園大学 社会福祉学部 教授)
社会福祉学を専門とし、地域で暮らす人々の「くらしの声」に耳を傾ける調査活動を重視。子ども、高齢者、障がい者、働く人々などの生活問題を多角的に研究。阪神・淡路大震災時は、仮設住宅での「孤独死」調査を行い、熊本地震以降は学生とともに被災地・被災者支援を継続的に取り組んでいる。研究フィールドは熊本県内にとどまらず、沖縄、岩手、北欧など国内外に広がる。
【専門】社会福祉学、地域福祉論
地域に深く入り込み、住民との対話による「くらしの声」の聴き取り(生活実態調査)を長年実践されている社会福祉学の研究者です。
特に災害後の生活問題に関する研究・提言を精力的に行い、熊本地震・熊本豪雨、さらには能登半島地震の被災地で、学生とともに継続的な被災者・被災地支援を展開されています。
災害復興の現場から、「生活問題が生じるメカニズム」を分析し、障がいのある方や高齢者など、誰も置き去りにしないための「普遍主義の社会政策」と「地域によるケアの実践」の必要性を強く訴えています。
【主な研究・活動テーマ】
- 自然災害と社会・人間の脆弱性・被傷性、そしてレジリエンス(回復力)に関する実態調査
- 狭い仮設住宅や「みなし仮設」の生活実態と人権問題
- 障害者・高齢者・子育て家族など、多様な人々の生活問題の構造とその対策体系
- 自治体職員の制度運営の実態とケアの倫理
【近年の主な著書・論考】
- 『災害時代を生きる条件 住民自治・普遍主義・ケア実践』(自治体研究社、2025年)
「誰もが健康で安心して暮らせるまちづくり」のために、現場の声に基づいた貴重な知見をお話しいただきます。