避難所の体育館は「暮らせる場所」か――実測データが示す暑さ・寒さ・換気の課題
地震や水害が起きたとき、学校の体育館は多くの人を受け入れる避難所になります。
しかし、避難できる建物であることと、そこで何日も健康に暮らせることは同じではありません。
2026年9月29日の「令和8年熊本地震・2か月報告会」で、空気調和・衛生工学会の香川治美先生(九州産業大学)は、「避難所の居住環境は健全か?」と題して報告しました。
体育館の温度、湿度、暑さ指数などを継続して測った結果から、避難所の指定、空調設備の整備、設置後の運用を一体で考える必要性を示した発表です。
今回の測定は、熊本の被災避難所で行われたものではない
最初に、調査の対象を確認しておきます。
香川先生が詳しく紹介した測定結果は、熊本県に隣接する地域にある、指定避難所となっている公立小学校体育館のものです。
令和8年熊本地震の際に避難者が生活した体育館を測定した結果ではありません。
この体育館では2024年から空調設置前の環境を調べ、2025年度に空調を設置した後も測定を続けています。
したがって、発表から分かるのは、避難所に指定された体育館が平時にどのような室内環境になるか、また、空調を設置すると何が改善し、どのような課題が残るかということです。
避難者で満員になった場合の室温や換気量まで実証した調査ではありません。
香川先生によると、学会としての熊本地震に伴う建築設備の被害調査は準備中であり、今回の報告は、それまでに蓄積してきた体育館の実測結果を避難所の課題に結びつけたものでした。
なぜ、床に近い高さでも測るのか
調査では、体育館の床から40センチと140センチの高さに測定器を置き、温度、湿度、暑さ指数などを継続して記録しました。
体育館を授業やスポーツで使う場合、人は主に立って、あるいは動きながら過ごします。
一方、避難所では床に座る人や横になる人がいます。立った人の顔の高さだけを測っても、避難生活の環境を十分には捉えられません。
体育館は天井が高く、窓や屋根から受ける熱、床付近の冷えなども考える必要があります。
**「建物に空調があるか」に加えて、「人が過ごす場所で、実際にどう感じる環境になっているか」**を測ることが、この調査の大切な視点です。
空調設置前――梅雨、夏、冬で異なる負担
空調が設置される前の体育館では、季節ごとに違う問題が見られました。
| 測定した時期 | 体育館内で確認された状態 | 避難生活で考えるべきこと |
|---|---|---|
| 梅雨期(2024年7月) | 湿度が高く、カビが発育しやすい条件となる時間帯があった。暑さ指数が「厳重警戒」に相当する時間帯もあった | 蒸し暑さと湿気を、温度だけでは見落とすおそれがある |
| 夏期(2024年8~9月) | 室温が40℃近くに達し、暑さ指数が「危険」の領域に入る時間帯があった | 日中の滞在や就寝時の熱中症対策が必要になる |
| 冬期(2025年1月) | 室温が一日を通じて18℃に届かず、明け方には氷点下となった。湿度も低下した | 毛布の配布だけでなく、暖房と床付近の寒さへの対策が必要になる |
これらは一つの体育館で観測された値です。
全国や熊本県内の体育館がすべて同じ温度になるという意味ではありません。
また、測定された条件から健康上の危険を考えることと、そこで熱中症や感染症が実際に発生したと確認することは区別しなければなりません。
それでも、体育館を避難所として指定する際に「広くて人が入れる」という収容面だけでは足りないことは、数字から伝わってきます。
屋根・壁の断熱、日差し、窓、換気設備、冷暖房の能力によって、生活環境は変わります。
文部科学省も、学校体育館の空調整備に際し、断熱・遮熱をあわせて検討することの重要性を示しています。
空調を付けたら終わり、ではない
この体育館には2025年度に空調設備が設置されました。設置前後の夏の測定結果を比べると、室温や湿度を調節できるようになり、暑さ指数も下げられることが示されています。
猛暑の中で体育館を使用するために、空調は大きな意味を持ちます。
一方、設置後のデータには冷房によって室温が下がりすぎる時間帯も見られました。
体育館のどこに温度計を置くか、何人が利用しているか、夜間はどう運転するかによって、適切な設定は変わります。
高齢者や乳幼児、体調の悪い人が同じ室内にいる避難所では、冷やしすぎにも気を配る必要があります。
さらに香川先生は、2026年9月の測定で、室内の二酸化炭素(CO₂)濃度が上昇した時間帯を示しました。
冷房が効いていても、外気の取り入れが十分とは限りません。
発表では換気不足の可能性が指摘されていますが、原因や利用状況については、さらに調査が必要とされています。
CO₂濃度は、人がいる室内の換気状態を考える手がかりです。
ただし、濃度が高いことだけで感染症の発生を証明するものではありません。
避難所では、室温を保ちながら、人数に応じて換気できているかを確かめる運用が求められます。
参考となる数値を、どう使うか
講演では、室内環境を考える参考として、学校環境衛生基準や建築物環境衛生管理基準が紹介されました。
学校環境衛生基準では温度18~28℃、CO₂濃度1500ppm以下などが望ましい値とされています。
一方、一定の建物を対象とする建築物環境衛生管理基準には、温度18~28℃、相対湿度40~70%、CO₂濃度1000ppm以下などが定められています。
基準の対象や位置づけは異なり、すべての指定避難所に同じ数値がそのまま法的に適用されるわけではありません。
避難所で大切なのは、数値を掲げるだけでなく、温度、湿度、暑さ指数、CO₂濃度を実際に測り、運転方法や換気、人の配置を見直すことです。
特に夏の熱中症対策では、気温だけでは分からない湿度などの影響を含めて判断する必要があります。
弥富市で確認したい「指定した後」の備え
弥富市の市指定避難所一覧では、総合社会教育センターやTKEスポーツセンターなどが「1次開設避難所」に、複数の小中学校が「2次開設避難所」に位置づけられています。
施設を指定することに加え、実際にどの部屋を生活場所にし、どの設備を使えるかを施設ごとに確認する必要があります。
文部科学省の2026年5月1日時点の調査では、全国の公立小中学校等の体育館・武道場の冷房設置率は31.7%、避難所に指定された施設では33.1%でした。
同じ調査で、弥富市の対象施設は11棟、冷房設置数は0棟と報告されています。
この数字は学校の体育館・武道場についての、調査日時点の集計です。
総合社会教育センターなど、ほかの公共施設の空調状況を示す数字ではありません。
弥富市も学校施設の設備環境整備と避難所機能強化を施設整備計画に位置づけています。
今回の発表を受け、弥富市では避難所ごとに次の点を明らかにしておきたいと思います。
- 使う場所を明確にする。 体育館、教室、会議室などのうち、災害の種類に応じて、どの部屋を生活場所として使えるのか。浸水が想定される場合は、使用できる階もあわせて確認する。
- 季節ごとの室内環境を測る。 夏の午後だけでなく、夜間、冬の明け方も調べる。床に座る人や寝る人の高さでも、温度や暑さ指数を確認する。
- 冷暖房と換気を一緒に計画する。 空調設備の有無、換気方法、利用人数が増えた場合の運転方法を整理する。設備がある施設では、CO₂濃度などを運営の手がかりにする。
- 停電時の対応を決める。 空調が動かない場合の電源や燃料、移動先、暑さ・寒さをしのぐ方法を、避難所の開設手順に組み込む。
- 体調に応じた居場所を確保する。 高齢者、乳幼児、妊産婦、病気のある方などが過ごせる部屋を、施設ごとの条件に合わせて考える。
緊急時に一時的に身を守る場所と、避難生活を続ける場所には、求められる条件が違います。
香川先生の報告は、体育館を避難所に指定して終わりにせず、暑さ・寒さ・空気の状態を測りながら「暮らせる場所」に整えていくことの大切さを示しています。
