火を消す水が使えない――廣井悠氏が熊本地震の火災現場で見たこと
令和8年熊本地震・2か月報告会/日本火災学会・廣井悠氏(東京大学)の報告から
大地震の直後に火が出たとき、消防車が到着すれば消せるとは限りません。
消火栓の水が出ない。防火水槽が損傷する。
倒壊した建物が進路をふさぐ。
近隣の建物に火が移る前に、どこから水を確保し、どう消火するかが問われます。
9月29日の防災学術連携体「令和8年熊本地震・2か月報告会」で、日本火災学会の廣井悠氏は、地震火災専門委員会による現地調査を報告しました。
発災から約1か月後に火災現場を訪ね、焼けた建物と周囲の建物の位置関係、外壁や雨樋に残った熱の痕跡、消防団などから聞いた消火時の状況を調べたものです。
報告は調査の速報であり、出火原因や延焼範囲が確定していない事例も含まれます。janet-dr.com
「11件」と「約13件」は、調べている範囲が違う
総務省消防庁の9月24日時点の報告では、今回の地震に伴う火災は11件です。20260728kumamotojishin65.docx
一方、廣井氏らは報道や公的機関への聞き取りから、地震との関係を調べる対象として約13件を拾い上げました。
この中には、地震の数日後に起きた林野火災など、地震直後の出火とは分けて検討すべき事例もあります。
したがって、約13件を「地震が原因で発生した火災の確定件数」と読むことはできません。
学会は今後、消防本部への聞き取りやアンケートによって、出火の経緯を詳しく調べる方針です。
今回の発表では、そのうち周囲の建物への影響も含めて調べた市街地の主な六つの火災が中心となりました。
八代市――近接した二つの火災と、足りない消火用水
八代市内の共同住宅の火災では、3階の一室が火元と推定されました。
近くには別の建物がありましたが、調査時点で、その建物に焼損は確認されなかったと報告されています。
別の地区では、約170メートルしか離れていない場所で二つの火災が発生しました。
一方は木造住宅を含む火災、もう一方は工場または倉庫を兼ねた住宅を含む火災とみられます。
ただし、廣井氏らが訪れた時点で建物の解体が進んでいたため、火がどの建物から出て、何棟に燃え広がったかは、なお調査が必要です。
この地区で消防団から聞き取った内容として、廣井氏が重視したのが消火に使う水の確保です。
消火栓や防火水槽が使えず、近くの用水路から取水しようとしても十分な水量が得られなかったという話が紹介されました。
発表では、最終的に消防が泡消火剤も使用したとの聞き取りが示されています。
火災現場の北側にある建物では、雨樋が熱で変形していました。
建物全体には燃え移らなくても、相当の熱を受けていたことが分かります。
廣井氏は、当時の風が比較的弱かったことや消防による延焼防止活動が、被害の拡大を抑えた可能性に言及しました。
ただし、何がどの程度効いたかは、この時点で確定できません。
宇城市松橋町――「近くても燃え移らない」条件を調べる
宇城市松橋町では、美容室から出火したとみられる事例が紹介されました。
隣の建物との距離は約1.1メートルと近かったものの、その建物への延焼は確認されませんでした。
廣井氏が着目したのは、単なる建物間の距離ではありません。
火に面する外壁に開口部があるか、壁や屋根の構造はどうか、消防による放水はどの方向から行われたか。
そうした条件を重ねて、火が移らなかった理由を調べています。
調査では、消火器やホースによる初期消火を試みた痕跡も見られたといいます。
同じ松橋町の共同住宅では、2階の一室から隣室へ火が広がったと推定されました。
周辺の建物との間隔が約2.5メートルの場所では、雨樋の変形があった一方、建物への延焼は確認されなかったと報告されています。
雨樋が溶けていることは熱を受けた証拠ですが、それだけで壁内部や建物全体の安全性まで判断できるわけではありません。
さらに別の住宅火災については、建物の解体が始まっていたため、出火場所や延焼の経過を十分に確認できませんでした。
発表では、周辺の消火栓や防火水槽が使えず、離れたプールから水を取ったという報道も紹介されています。
個々の現場で何が起きたかは、今後の消防本部への確認が欠かせません。
大規模な延焼に至らなかったのは、なぜか
廣井氏の発表は、「火災があった」という件数の報告にとどまりません。
火元の建物から周囲へ火がどう伝わり、どこで止まったのかを現場ごとに見ています。
今回調査した事例では、建物が近接していても、周辺一帯を焼くような大規模延焼は確認されませんでした。
考えられる条件として発表で挙げられたのは、出火地点周辺の風が比較的弱かったこと、周囲の建物の密集状況、外壁や開口部の配置、消防の延焼防止活動などです。
しかし、今回燃え移らなかった距離を、そのまま「安全な建物間隔」とすることはできません。
風向きや風速、火元の燃え方、外壁の状態が変われば、結果も変わります。
特に今回は、消火に使える水が限られた現場がありました。
風が強い日にも同じように火を止められるかという問いが残ります。
地震の数日後にも続く、消防活動への影響
廣井氏は、8月6日に発生した林野火災にも触れました。
これは地震直後に出火した火災とは分けて考える必要がありますが、地震後の断水などによって一部の消火栓が使えず、消火活動が難しくなった可能性がある事例として紹介したものです。
地震火災を考える期間は、揺れた直後だけではありません。
水道の復旧までに時間がかかれば、その間に起きる通常の火災への対応にも影響が及びます。
停電が起きた地域では、電気が戻る際の出火にも注意が必要です。
日本火災学会は、損傷した電気器具や配線、ガス設備などを確認するとともに、避難で自宅を離れる際のブレーカーの扱いや、再通電時の安全確認を呼びかけています。jafse.smoosy.atlas.jp
商業施設の爆発が示した「建物に残ってよいか」という問い
発表では、大型商業施設で起きた爆発にも言及しました。
廣井氏は原因の断定を避けたうえで、地震後に建物を使い続ける際の安全確認という問題を提起しています。
猛暑のなかでは、空調のある商業施設などに人がとどまることも考えられます。
そのとき、柱や壁に目立った損傷がないことだけで安全を判断してよいのか。
ガスなどの設備に異常はないか。スプリンクラーや防火設備は正常に働くか。避難経路は確保されているか。
日本火災学会も、強い揺れを受けた建物に再び入る際には、建物の耐震性に加え、防火設備の損傷や危険物の漏えいなどを確認するよう呼びかけています。jafse.smoosy.atlas.jp
2016年の熊本地震から、何を比較するのか
廣井氏らによる2016年熊本地震の調査では、地震の影響を受けたと考えられる18件の火災の詳細が把握されました。
この調査では、建物の地震被害や消防活動上の支障が延焼を大きくする可能性、初期消火の難しさなどが指摘されています。jstage.jst.go.jp
今回は、発生時刻や季節、揺れた地域の世帯数などが2016年とは異なります。
火災の件数だけを並べて「増えた」「減った」と結論づけることはできません。
廣井氏が示したのは、揺れの強さと出火地点の関係、住宅の分布、気象条件、消火用水の状態を合わせて比較する必要性です。
出火原因を含む詳しい評価は、消防本部への調査を待つことになります。
弥富市で、この報告をどう生かすか
今回の調査から考えたいのは、地震時の消防計画を**「消火栓から水が出る」という前提だけで組まないこと**です。
弥富市でも、地震時に消火栓、防火水槽、河川や水路などの水源をどこまで利用できるか、道路が通れない場合に消防車がどう近づくかを、地区ごとに確認する必要があります。
水道の被害と消防用水の不足が同時に起きる場合には、代替水源への取水経路や資機材、応援部隊との連携が課題になります。
住民側では、住宅用火災警報器や消火器の点検、家具と火気器具の転倒防止、感震ブレーカーの検討が出火と初期対応の備えになります。
事業所や避難所となる建物では、地震後に防火設備や避難経路を誰が確認し、使用をどう判断するかまで決めておきたいところです。jafse.smoosy.atlas.jp
廣井氏の報告が突きつけるのは、「火を出さない備え」と「水が使えない状況でも延焼を食い止める備え」を、同時に考える必要があるということです。
現場の痕跡と消防活動の記録をさらに照らし合わせることで、今回の経験を次の地震への具体的な対策に変えていくことが求められます。
