道路が止まり、水が届かず、暑さが命を脅かす――池内幸司先生が報告した「複合災害」の連鎖
2026年9月29日の「令和8年熊本地震・2か月報告会」で、土木学会の池内幸司先生(河川情報センター理事長、東京大学名誉教授)が「被災状況と複合災害の特徴」を報告しました。
この発表で注目したいのは、橋や水道管がそれぞれどれだけ壊れたかという個別の被害だけではありません。
道路、鉄道、港、水道が同時に傷み、その影響が救援、医療、避難生活、復旧作業へ次々に広がったことです。
さらに、発災後の猛暑と大雨が、被災した地域に別の危険を重ねました。
池内先生は、この一連のつながりを「複合災害」の特徴として示しました。
強い揺れに、断層による地盤のずれが重なった
7月28日に発生した地震はマグニチュード7.1。宇城市と氷川町で最大震度7を観測しました。
池内先生の資料では、日奈久断層帯の北西側で最大約1.3メートルの水平方向の変動と、最大約60センチの沈降が示されています。
地震による施設の被害を考えるとき、強い揺れへの備えは欠かせません。
しかし今回、断層付近では地盤そのものが左右や上下にずれました。
橋や道路、水路、埋設管は、地盤の両側をつなぐ形で造られています。
池内先生は、揺れへの対策に加え、地盤が動く場所で施設の機能をどう守るかを今後の課題に挙げています。
個々の施設で断層変位がどの程度被害に寄与したかは、詳細な調査と検証も必要です。
発表資料が引用した9月9日時点の被害状況は、死者38人、重傷者38人、住家被害4万4,252棟で、うち全壊は2,249棟でした。
被害数は集計時点によって変わるため、この記事中の数字は報告会で用いられた時点のものとして読んでください。
橋の段差が、救援と物資輸送の経路を狭める
高速道路は発災当初、約142キロメートルにわたり通行規制が行われました。
池内先生は、川田橋で約1メートル、片野川橋で約0.5メートル、妙見第一橋で約1.5メートルの段差や開きなどが生じた事例を紹介しました。
橋が落ちていなくても、桁のずれや大きな路面段差があれば、そのまま車を通すことはできません。
道路の被災は、地域の移動だけの問題にとどまりません。
救急搬送、給水車や資機材の搬入、工事業者の移動にも影響します。
一つの橋が通れなくなると迂回路へ車両が集まり、その迂回路も被災していれば、支援に必要な時間がさらに延びます。
池内先生の報告は、道路の復旧を被災者支援を動かすための条件として捉えるものでした。
一方で、過去の対策が機能した例も紹介されました。
宇城市の砂川橋では、2016年の熊本地震後に進めた耐震補強が2021年度に完了。
今回、大きな被害を受けず、第2次緊急輸送道路としての機能を維持したと報告されています。
耐震補強は、橋自体の損傷を減らすと同時に、災害時に通れる道を残すための投資でもあります。
鉄道も同時に止まり、代替交通が必要になった
九州新幹線では橋脚や橋桁、軌道などに被害が生じました。
池内先生の資料によると、日奈久断層帯と交差する水無川橋梁では、橋脚に最大46センチの水平変位と最大36センチの沈下が確認されています。
熊本―新水俣間は長期間運転を見合わせ、九州南北を結ぶ移動にも影響しました。九州新幹線は9月18日に全線で運行を再開しています。
道路と鉄道が同時に被災すると、一方をもう一方の代わりに使うことが難しくなります。
代替バスを走らせるにも、道路の状態、車両、運転士の確保が必要です。
池内先生が挙げた「代替交通の確保」は、鉄道施設だけでは解決できない、地域全体の交通網の課題です。
港と河川も被災し、二つの役割が問われた
八代港では岸壁の背後に亀裂や段差、液状化に伴う噴砂などが生じ、施設の利用が制限されました。
港は物資輸送の拠点であるため、施設が使えるかどうかは支援の選択肢に関わります。
国土交通省は、円滑な物資輸送を確保するため、8月3日から八代港の一部施設を管理しました。
その一方で、八代港は船舶による入浴・休憩支援や医療提供の拠点にもなりました。
池内先生の報告からは、港自体が被災していても、使用可能な施設を見極めれば支援拠点としての役割を担えることが分かります。
港湾を災害時に活用するには、岸壁、背後地、そこへ至る道路を併せて確認する必要があります。
河川では、堤防の天端に亀裂が入り、一部区間では約250メートルにわたる沈下や変形も報告されました。
地震の直後に洪水が起きていなくても、堤防や護岸に損傷が残れば、その後の雨への備えを急がなければなりません。
約10万8,000戸の断水――本管の復旧と家庭で使える水は別の段階
水道本管の被災による断水は、最大で約10万8,000戸に達しました。
水が止まれば、飲用や調理、トイレ、手洗い、入浴に加え、病院や福祉施設の運営にも影響します。
猛暑の中では、十分な飲み水と衛生環境を確保できるかが、避難生活を続けるうえで大きな問題になります。
全国の水道事業者や工事業者が応援に入り、地上への仮設配管も使って復旧が進められました。
国土交通省によると、支援は最大で1日78班、約270人の体制となり、水道本管の応急復旧は8月28日に完了しました。
ここで注意したいのは、本管の応急復旧が完了しても、直ちにすべての家庭で水が使えるとは限らないことです。
国土交通省はその時点で、宅地内の配管や井戸の被災によって水を利用できない人が残っていると説明しています。
復旧状況を見る際には、「道路まで水が来たか」と「各家庭や施設で安全に使えるか」を分けて確かめる必要があります。
被害の「連鎖」をどう捉えるか
池内先生の発表を、支援を受ける側からたどると、次のようなつながりが見えてきます。
| 最初に起きたこと | 続いて困ること |
|---|---|
| 道路・橋が通れない | 救急車、給水車、物資、復旧業者が到着しにくい |
| 鉄道が止まる | 通勤・通学や広域移動に代替交通が必要になる |
| 港の施設が使いにくい | 海からの物資輸送や支援拠点の運用に制約が出る |
| 水道が止まる | 家庭に加え、医療・福祉施設や避難所の運営に影響する |
| 堤防・斜面が傷む | 地震後の雨による二次災害を警戒する必要が生じる |
これは、どれか一つの施設を復旧すれば生活全体が元に戻るわけではないことを示しています。
道路を直す作業にも交通路が要り、医療を続けるにも水が要ります。複数の機能の復旧を同時に調整することが、複合災害への対応になります。
猛暑と大雨は、地震の後から危険を増やす
今回の地震は夏に発生しました。停電や断水がある中での避難生活、片付け、屋外での復旧作業は、熱中症の危険を高めます。
避難所にいる人だけでなく、在宅避難や車中泊の人、医療・福祉施設で過ごす人の状態も把握する必要があります。
また、地震で斜面や地盤が緩み、堤防や護岸が傷んだ地域では、普段より少ない雨でも土砂災害や浸水への警戒が必要になります。
池内先生は、熊本県内の一部市町村で大雨警報等の基準を通常の7割に引き下げた措置を紹介しました。
地震が収まった後も、地域の危険は元の状態に戻っていないという視点が大切です。
過去の教訓が、今回の支援にどうつながったか
池内先生は、今回の被害と併せて、過去の災害後につくられた仕組みが実際に使われたことを報告しました。
一つは、災害対応車両を平時から登録する**D-TRACE(災害対応車両検索システム)**です。
能登半島地震などで、必要な車両がどこにあり、派遣できるかを把握・調整する難しさが課題になりました。
内閣府は2025年から登録制度を運用しています。
池内先生の発表では、今回の被災地へトイレカー33台、ランドリーカー3台などが派遣されたと紹介されました。
車両を保有するだけでなく、必要な自治体と結びつけ、受け入れる場所や運用する人を決めておくことが重要です。
もう一つは船舶活用医療です。
8月5日から八代港のPFI船舶「はくおうⅡ」の一部を利用し、入浴・休憩支援と併せて医療提供が行われました。
日本赤十字社は、国の船舶活用医療が災害現場で初めて実働した事例と説明しています。
池内先生は、陸上の医療機能や交通が被災した際、船、人員、医療資機材、接岸できる港を組み合わせる可能性を示しました。
これらの事例は、過去の災害を振り返るだけで終わらせず、施設の補強、車両の登録、制度づくり、訓練という形にして、次の災害で使えるようにすることの意味を示しています。
弥富市の備えに引き寄せて考える
池内先生の報告は熊本の被害と対応に関するものです。
弥富市に同じ被害が起きるという予測ではありません。
そのうえで、弥富市の備えを点検する際にも、施設を一つずつ見るだけでは足りないと感じます。
たとえば、主要道路と橋が使えないとき、給水車、支援物資、医療搬送はどの経路を使うのか。
断水と停電が重なった場合、避難所や福祉施設はどう運営するのか。
水道本管が復旧しても施設内の配管に被害が残った場合、誰が確認し、どこで給水を続けるのか。
夏の発災なら、在宅避難者や車中泊の人の暑さ対策をどう届けるのか。
こうした問いを、道路、水道、医療、福祉、避難所の担当が一緒に検討することが必要です。
池内先生の締めくくりは、災害の教訓を「記憶」から、実際に動く施設・制度・訓練へ変え、使った結果を検証して次に生かす、というものでした。
今回機能した対策を確かめると同時に、地盤のずれ、ライフライン被害の連鎖、猛暑と大雨への備えを、次の改善につなげていきたいと思います。
