避難所に来ない人を、どう見つけるか――福岡市・岩手県の事例から考える弥富市の防災
大地震のあと、避難所にいる人の人数は比較的把握しやすくても、自宅や車、知人宅で過ごす人の状況は見えにくくなります。水や食料が足りない、医療機器の電源が必要、移動できず物資を受け取りに行けない。そうした困りごとを、本人や地域から市へどう届けるかが課題です。
福岡市の防災アプリ「ツナガル+」と、岩手県の「避難者把握システム」を調べました。弥富市にも、在宅・車中泊避難者を支えるマニュアルがあります。各地の仕組みを比べ、弥富市で次に具体化したいことを考えます。
福岡市――避難所の外から「ここに人がいる」と伝える
福岡市は2016年の熊本地震の教訓を踏まえ、2018年4月から防災アプリ「ツナガル+」を運用しています。平常時には避難所の場所や設備、経路などを確認できます。大規模災害時には災害時モードとなり、公園や駐車場などに避難した人が、アプリ上に「指定外避難所」を作成して、場所や被災状況を市へ発信できます。在宅避難者も市からの支援情報を受け取れます。
福岡市長は、こうした場所から避難者数や不足する物資も発信できると説明しています。さらに福岡市は2024年度、アプリで集めた情報を、市の「災害対応支援システム」へ自動連携できるよう改修しました。住民から届いた情報を、市の災害対応につなぐ仕組みです。
ただし、アプリ上の「指定外避難所」は、法律に基づいて市町村長が指定する「指定避難所」と同じ意味ではありません。 登録すればその場所が自動的に公的な避難所となり、物資配送まで確定するわけでもありません。市による内容の確認と、その後の対応が必要です。
また、公開資料からは、障害、医療機器、要介護状態などの情報をどの項目で管理するのか、アプリの情報が国の物資システム「B-PLo」まで自動で渡るのかは確認できませんでした。「確認できない」と「機能がない」は区別しておく必要があります。
岩手県――世帯と一人ひとりの状況を把握する
岩手県の「避難者把握システム」はLINEを活用します。避難所での受付に加え、知人宅や車内など、避難所の外にいる人の避難状況と、個々の支援ニーズを把握する仕組みです。代表者が世帯の情報を事前にまとめて登録することもできます。
県は2026年度、15市町村で試行導入しています。福岡市の事例が「指定避難所以外のどこに人が集まっているか」を知らせる点で参考になるのに対し、岩手県の事例は「避難所の外にいる人を、一人ひとりの支援につなぐ」点で参考になります。ただし、試行導入の成果や、災害時の運用実績は今後も確認が必要です。
| 比較する点 | 福岡市「ツナガル+」 | 岩手県「避難者把握システム」 |
|---|---|---|
| 参考になる機能 | 指定避難所以外の場所と、そこにいる人の状況を市へ知らせる | 避難所受付と避難所外の避難報告、個々の支援ニーズを把握する |
| 住民が使う手段 | 専用アプリ | LINE |
| 確認できた導入状況 | 福岡市で運用中。市の災害対応支援システムとの自動連携を実施 | 2026年度に県内15市町村で試行導入 |
| 弥富市が確認すべき点 | 数軒単位の登録、個別支援情報の扱い、物資要請までの手順 | 世帯登録の方法、代理入力、支援情報の共有範囲、運用費用 |
弥富市には、すでに支援の土台がある
弥富市が2026年3月に作成した「避難生活支援マニュアル」は、在宅避難者や車中泊避難者も支援対象としています。地域の集会所などを「在宅避難者等支援施設」とする場合の準備、開設時の市への報告、利用者名簿、食料・物資の依頼方法も示されています。市職員が利用できる場合には、B-PLoで物資を調達することも記載されています。
ここで区別したいのは、**「避難している人の集まり」と「物資を受け渡す施設」**です。例えば、近隣の3~5軒が各自の自宅にとどまり、代表者が人数と困りごとを市へ伝える場合、その家々が直ちに避難所や支援施設になるわけではありません。一方、集会所などを支援施設として開く場合には、施設管理者の同意、運営体制、開設場所や時間の報告などが必要です。
福岡市の仕組みからは、小さな集まりの所在と要望を知らせる入口を、岩手県の仕組みからは、世帯や個人の支援ニーズを把握する方法を学べます。弥富市では、それを現在の名簿・報告・物資依頼の手順につなぐことが重要です。
提案――数軒からの連絡を、支援が届くまでつなぐ
まずは一地区で、近隣の数軒を一つの連絡単位とする訓練を行ってはどうでしょうか。代表者が「どこに、何世帯・何人いるか」「水やトイレ、電源など何に困っているか」を伝え、市が受け付けたことを返します。その後、市が内容を確認し、物資、保健・福祉、救助など必要な担当につなぎます。
医療や介護に関わる詳しい情報は、近隣住民が共有する一覧に載せず、必要な担当者へ個別に伝える設計が必要です。物資の要望は、市が既存の依頼手順やB-PLoの運用に沿って集約します。電話、紙、代理入力でも同じ情報を受け付けられるようにすれば、スマートフォンを使えない人や通信が途絶えた地域にも対応できます。
アプリを導入するかどうかを決める前に、**「住民からの報告→市の受付確認→担当への振り分け→支援の実施→結果の連絡」**を、誰がどの手段で担うのか確かめたいと思います。福岡市と岩手県の事例は、その流れを考える手がかりになります。
避難所の外にいる人も、支援から外さない。弥富市のマニュアルに書かれた支援を、地域の小さな連絡から確実に動かせる仕組みにしていくことを提案します。
参考資料
福岡市のアプリは「ツナガル+」です。ご認識はかなり近く、災害時に公園・駐車場・車中泊場所などを「指定外避難所」として住民側から登録し、所在地、人数、被災状況、必要物資などを市へ送る仕組みがあります。
ただし、現在公表されている機能を見る限り、次の限界があります。
- 市への「避難者クラスター発生の通報・支援要請」には使える
- 法令上の指定避難所や、市が正式に開設した避難所になるわけではない
- 人数と要望は行政側で把握できるが、年齢、障害、医療機器、乳幼児、要介護度などの個人属性を構造化して管理する機能は確認できない
- 国の物資調達・輸送システム「B-PLo」との直接自動連携は、公表資料からは確認できない
- 福岡市内部の「災害対応支援システム」への自動連携は既に実装されている
したがって、ツナガル+は、弥富市で検討されている「3~5軒・10人程度の小規模避難クラスター」を把握するための入口としては非常に参考になります。しかし、個人属性管理、保健・福祉支援、B-PLoを通じた物資輸送まで完結するアプリではありません。
1. ツナガル+でできること
福岡市は2016年熊本地震で、車中泊など指定避難所以外に避難した人の把握が遅れたことを教訓として、2018年4月に運用を開始しました。福岡市「ツナガル+」
災害時には市がアプリを「災害時モード」に切り替え、住民が次の操作を行えます。
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 指定外避難所の登録 | 公園、駐車場、車中泊場所などを地図上に登録 |
| 人数・状況の報告 | その場所に何人いるか、被災状況などを送信 |
| 物資の要望 | 水、食料、その他の必要物資を投稿 |
| 双方向連絡 | 市からの情報提供、掲示板・コメントによる連絡 |
| 在宅避難支援 | 自宅にいる場合も支援情報を受信 |
| 指定避難所情報 | 開設状況、設備、経路、混雑状況を確認 |
| 平常時利用 | ハザード情報、避難所設備、避難経路などを確認 |
自治体管理画面では、指定外避難所の「場所・人数・要望内容」を地図上で把握し、住民と双方向通信ができると開発事業者が説明しています。BitStarによるサービス説明
一方、住民向け画面で表示される指定避難所情報は、現在のところ「混雑状況」が中心で、正確な収容人数が一般利用者全員に表示されるかは確認できません。
「自主避難所の設置届」になるか
運用上は、かなり近い働きをします。ただし正確には、
「地域内に、指定避難所以外の避難者集団が発生したことを市へ通知し、支援を要請する登録」
です。アプリ登録だけで市が正式に避難所として指定・開設したり、物資配送が自動的に保証されたりするものではありません。市側で確認、重複整理、優先順位判定、配送判断をする必要があります。
名称も「自主避難所」より、例えば「地域避難拠点」または「小規模避難クラスター」とした方が、公的な指定避難所との混同を避けられます。
2. 開始後にどう進化したか
ツナガル+は「リリースから約1年」ではなく、2026年時点で運用開始から約8年です。
主な進化は次のとおりです。App Store版ツナガル+
- 2018年:福岡市と富士通九州システムズが運用開始
- 2020~2021年:災害体験モードを追加
- 2022年:BitStarが自治体向けサービスとして提供を開始
- 2023年:画面全面刷新、未ログインでも避難所情報閲覧可能に
- 2023年末:避難所の混雑状況、避難所からのお知らせ表示を追加
- 2024年:アプリ内避難経路、避難ガイド、一時滞在施設、ハザード情報を追加
- 2025年:指定外避難所作成画面を刷新、避難所設備利用メニューを追加
- 2026年:市の防災キャンペーン等との連携を継続
さらに重要なのは、2024年度に、ツナガル+で集めた情報を福岡市の基幹的な「災害対応支援システム」へ自動連携する改修が行われたことです。福岡市・強靱化計画の進捗資料
つまり現在は、
住民アプリ → 市役所の災害対応システム
という部分については、単なる掲示板ではなく、行政内部の災害対応業務につながる形になっています。
普及状況
2024年9月末の福岡市資料では、一般端末への累計ダウンロードは約6万件、学校の1人1台端末約12万7,000台を合わせて「導入数約18万7,000」としています。ただし福岡市自身も「十分に知られていない」と評価していました。福岡市PR業務FAQ
一般ダウンロード数は2024年度末に79,887件まで増えています。福岡市KPI資料
App Storeでは2.6点・44件で、過去レビューには認知不足やログイン・画面不具合の指摘もあります。これは行政による正式評価ではありませんが、「良い仕組みでも住民が事前登録・訓練していなければ災害時に機能しない」という注意材料になります。
3. 国の物資システムB-PLoとの関係
お話に出ている全国的な物資システムは、内閣府の「物資調達・輸送調整等支援システム」、通称B-PLoです。
2025年4月から新システムとして運用され、避難所・市町村・都道府県・国・物流事業者間で、物資要請、在庫、割当て、輸送、到着を管理します。内閣府「プッシュ型支援」
福岡市もB-PLoを利用し、
- 約230か所に分散した備蓄
- 市の中央備蓄
- 避難所からの要請
- 物資の割当て
- 配送・到着状況
- 賞味期限や在庫移動
を管理する体制を整えています。福岡市のB-PLo運用資料
ただし、両者は役割が違います。
| システム | 主な利用者 | 役割 |
|---|---|---|
| ツナガル+ | 住民・避難者、市職員 | 避難者の場所・人数・困りごとを把握 |
| 福岡市災害対応支援システム | 市職員 | 市全体の状況整理、指示、対応判断 |
| B-PLo | 避難所、市町村、県、国、物流事業者 | 物資の要請、在庫、割当て、輸送管理 |
公表資料で確認できるのは「ツナガル+から福岡市災害対応支援システムへの自動連携」までです。福岡市のシステムからB-PLoへAPIで自動転送されているか、職員が集約して再入力しているかは公表されていません。
したがって、現状は次の構造と見るのが妥当です。
B-PLoに渡すべきなのは、原則として個人の病名や氏名ではなく、
- 拠点コード
- 所在地
- 避難者数
- 必要物資の品目・数量
- 希望期限
- 搬入条件
- 受取担当者
- 配送状況
などの集約情報です。医療・介護・福祉情報は、市の保健福祉部門へ別系統で渡す方が安全です。
4. ツナガル+だけでは不足する「属性」
ツナガル+で公表上確認できるのは「人数と要望」までです。次のような構造化属性は確認できません。
- 乳幼児、児童、高齢者のおおよその人数
- 車いす、歩行介助、視覚・聴覚支援
- 要介護、医療的ケア、人工呼吸器等の電源需要
- 妊産婦
- 食物アレルギー
- ペット同伴
- トイレ、給水、冷暖房、充電環境
- 誰に、何を、どの程度優先して届けるべきか
弥富市で設計する場合は、情報を二段階に分けるべきです。
クラスター情報
代表者が入力し、市の災害対応部門と共有する情報です。
- 位置、住所、集合場所の種類
- 世帯数、総人数
- 乳幼児・子ども・高齢者のおおよその人数
- 水、食料、トイレ、電源、冷暖房の状況
- 車いす利用者、歩行介助、医療機器の有無
- ペットの有無
- 必要な物資、数量、緊急度
- 最終確認日時
- 代表者連絡先
- 受付済み・確認中・手配済み・配送中・完了の状態
個人の要配慮情報
閲覧権限を保健・福祉担当者などに限定します。
- 氏名、年齢
- 障害、要介護状態
- アレルギー、服薬
- 医療機器と必要電源
- 緊急連絡先
- 本人の同意範囲
病名、服薬、鍵情報などを、近隣住民全員が見られる設計にはすべきではありません。
5. 三地区で実施するなら
これまで検討されている「3~5軒を最小単位とし、10軒程度の組へつなぐ」構成と相性がよい方式です。
推奨する流れは次のとおりです。
- 3~5軒の代表者または代理者が、小規模避難クラスターを登録する
- 市側で位置、世帯数、人数、重複登録を確認する
- 「受付済み」が代表者へ返る
- 緊急度を、救命、保健福祉、物資、情報提供に振り分ける
- 物資要求をB-PLoの品目分類に変換して集約する
- 手配状況と配送予定を代表者へ返す
- 朝夕など一定時刻に人数・需要を再確認する
重要なのは、アプリだけを受付手段にしないことです。
- スマートフォンWeb
- LINE
- SMS
- 電話
- 防災無線・無線連絡
- 紙を市職員が代理入力
- 隣接グループによる代理登録
- 通信復旧後のオフライン送信
を同じデータベースへ集約する必要があります。
また、画面には「この支援要請は119番通報ではありません」「送信によって物資・救助を保証するものではありません」を明示しなければなりません。
6. 独自アプリを新規開発する前に確認すべきこと
国は2025~2026年度に、マイナンバーカード等による避難所受付、世帯人数、負傷、アレルギー、持病、支援ニーズを扱う実証を進めています。デジタル庁・避難所デジタル化
また、避難所運営システムの標準仕様では、CSVまたはAPIによって自治体システムや民間災害支援サービスへデータを出力する方向が示されています。デジタル庁・モデル仕様書
したがって、弥富市がゼロから専用アプリを作るよりも、まず以下を条件にRFI・実証実験を行うのが合理的です。
- 指定外避難所・在宅避難・車中避難を登録できる
- 3~5世帯を代表者が一括登録できる
- 人数だけでなく属性とニーズを構造化できる
- 個人情報と物資集約情報を分離できる
- 市の既存システムへAPIまたはCSV連携できる
- B-PLo品目コードに変換できる
- オフライン、代理入力、紙取込みに対応できる
- 市から受付・手配・配送状況を返信できる
- データを他社システムへ移行できる
- 災害訓練モードがある
- 市の「災害時モード」切替えがなくても限定登録できる
ツナガル+、LINEを利用する岩手県型システム、国のモデル仕様準拠製品などを同じ要件で比較すべきです。岩手県型では世帯代表者による家族登録、QR受付、指定避難所以外の避難者ニーズ把握まで設計されています。岩手県の避難者支援システム
最終評価
福岡市モデルを一言で表すと、
「どこに何人いて、何に困っているか」を住民から行政へ届けるファーストマイルの仕組み
です。
弥富市で必要なのは、これに次の二つを加えた三層構造です。
- 3~5軒単位の避難クラスター登録
- 個人属性を保護しながら行う保健・福祉・救護管理
- 集約した物資ニーズをB-PLoへ流す物流管理
福岡市への確認事項としては、現在の具体的入力項目、代理・世帯一括登録、災害対応支援システムとのデータ項目対応、B-PLoへの転記方法、過去の実災害での登録・支援実績、オフライン対応、自治体導入費用が残ります。ここを直接照会すれば、弥富市で「既存サービス導入」「既存システム改修」「新規開発」のどれが適切か判断できます。
