「2026熊本地震」保健医療福祉対応の進化と生活支援 阿南英明・神奈川県立病院機構理事長、日本災害医学会理事 2026.9.7
「命を救う」だけで終わらせない――2026熊本地震が問う、生活を守る災害対応
阿南英明氏の講演から考える「命・生活・人生」を守る防災
2026年9月7日、日本記者クラブで「2026熊本地震―保健医療福祉対応の進化と生活支援」と題する講演が行われました。
講師は、神奈川県立病院機構理事長で日本災害医学会理事の阿南英明氏です。阿南氏は、東日本大震災、2016年熊本地震、能登半島地震などでDMAT(災害派遣医療チーム)の指揮運営に携わり、新型コロナウイルス対策では神奈川県の医療危機対策を指揮してきました。今回の熊本地震でも、全国から入るDMATの活動調整と分析にあたっています。
2026年7月28日に発生した熊本地震は、マグニチュード7.1、宇城市と氷川町で震度7を観測しました。発災から1か月以上が過ぎても避難生活は続き、医療・福祉・生活再建を一体的に支える必要があります。
今回の講演で最も強く感じたのは、災害対応の目的を「負傷者を治療すること」だけに置いてはならないということです。
必要なのは、被災した住民を新たな患者にしないこと。そして、生物学的な命だけでなく、その人の生活と人生まで守ることです。
外傷が減っても、医療の必要性はなくならない
大地震の直後には、倒壊した建物などによる外傷患者が集中します。しかし、こうした患者は発災後の約1週間をピークに減っていきます。
一方で、発災2日目頃からは、糖尿病、高血圧、心臓病、呼吸器疾患などの慢性疾患を抱える人への対応が必要になります。災害が起きても、薬の服用や通院、介護、透析、在宅医療を止めることはできません。
さらに、断水や停電、暑さ、睡眠不足、栄養状態の悪化、運動不足、慣れない避難生活などによって、それまで健康だった人が体調を崩すこともあります。
災害時の医療は、救命救急だけではありません。内科、歯科、薬局、訪問看護、介護、福祉など、地域の日常を支えているすべての機能が必要になります。
「災害医療」から、日常の医療・福祉を含む「災害時医療」への転換が求められています。
災害関連死をどう防ぐか
2016年の熊本地震では、直接死が約50人だったのに対し、災害関連死は約200人にのぼったと阿南氏は説明しました。
多くを占めたのは高齢者です。
避難生活によって体を動かす機会が減り、食事量や飲み込む力が低下し、体力が衰える。その結果、誤嚥性肺炎や持病の悪化などにつながっていきます。
ただし、行政上の「災害関連死」は、遺族からの申請に基づいて弔慰金などの対象を認定する制度です。医学的に災害が健康や死亡に与えた影響を表す「間接死」とは、必ずしも同じではありません。
死亡に至らなくても、災害によって健康を損なった人は大勢います。認定者数だけを見るのではなく、災害が住民の健康に与えた影響を継続的に把握する仕組みも必要です。
「避難させること」が最善とは限らない
能登半島地震では、被災地の病院や高齢者施設から約2,000人が広域避難したといいます。
停電や断水だけでなく、職員自身も被災し、出勤できない、家族と避難する、仕事を辞めざるを得ないといった事態が重なり、地域の医療・介護機能を維持できなくなったためです。
広域搬送は命を守るために必要です。しかし、高齢者にとって、長時間の移動や住み慣れない環境への転居は大きな負担になります。治療のために搬送したことが、結果として心身の衰弱につながる可能性も否定できません。
阿南氏は「Save the life」の「life」には、三つの意味があると指摘しました。
- 命
- 日々の生活
- その人が歩んできた人生
助けることを、生存させることだけに限定してはなりません。住み慣れた地域とのつながりや本人の希望を尊重しながら、どこで、どのように支えるのかを考える必要があります。
必要なのは「情報・マネジメント・実働部隊」
支援物資や人員を集めるだけでは、災害対応は機能しません。
阿南氏が繰り返し強調したのは、次の三つです。
- 現場の状況を把握する情報
- 支援全体を組み立てるマネジメント
- 実際に支援する人員と資源
被害の大きい地域ほど、助けを求める連絡さえできないことがあります。情報が来ていないから被害がないのではなく、情報を発信できない「サイレントエリア」になっている可能性を考えなければなりません。
病院や福祉施設についても、単に「被災した・していない」と分類するだけでは不十分です。
電気、水、酸素、空調、トイレ、食事、職員数などを確認し、
- 現在の場所で運営を続けられるのか
- 外部からの支援があれば継続できるのか
- 利用者を別の施設へ移す必要があるのか
- ほかの施設から患者や利用者を受け入れられるのか
といった機能面から判断する必要があります。
政府資料によると、8月30日時点で熊本県内では、現場活動を行うDMAT11隊に加え、13隊のコーディネーションチームが活動していました。現場で治療する部隊だけでなく、情報を集め、優先順位をつけ、支援を割り振る機能が重要になっていることが分かります。
エアコンを届けるだけでは解決しない
真夏に発生した今回の地震では、暑さへの対応が大きな課題となりました。政府はプッシュ型支援として、9月9日までにエアコンやクーラー1,075台を被災地へ届けています。
しかし、必要なのは台数だけではありません。
施設に空調設備がないのか、停電しているのか、設備が故障したのかによって対応は変わります。スポットクーラーで対応できる場合もあれば、大型の仮設設備や電源、専門業者による修理が必要な場合もあります。
物資が倉庫に届いていても、必要な場所まで運ばれなければ支援にはなりません。
「何が、どこに、いくつ必要なのか」「誰が設置するのか」「電源は確保できるのか」まで管理して、初めて生活支援になります。
自治体職員だけに背負わせない
大規模災害では、自治体職員も被災者です。通常業務を抱えながら、物資、避難所、医療、福祉、住宅、道路など、刻々と変わる膨大な情報を処理しなければなりません。
こうした非日常の業務を、自治体職員の努力だけで乗り切ることには限界があります。
物流は物流事業者、施設運営は運営の専門家、電気や空調は技術者、移動や宿泊の調整は旅行・交通事業者など、それぞれの専門性を生かすべきです。
阿南氏の言葉を借りれば「餅は餅屋」です。
問題は、災害時に民間事業者へ迅速に依頼し、その費用を誰が負担するのかが、十分に整理されていないことです。
災害救助法には、2025年から「福祉サービスの提供」が救助の種類として加わりました。一方で、現場で緊急に必要となった設備、修理、運営委託などが支出対象として認められるのか分かりにくく、依頼した施設や自治体が費用を負担する可能性もあります。
現場の善意や個人の判断に頼らず、平時から協定、発注権限、費用負担、キャンセルの取り扱いまで決めておく必要があります。
避難所以外にいる人をどう支えるか
在宅避難や車中泊をしている人への「最後の1マイル」も大きな課題です。
これまでの災害対応は、避難所に人を集め、そこへ物資やサービスを届けることを基本としてきました。しかし、避難所に行けない人、ペットや家族の事情で自宅に残る人、車の中で過ごす人もいます。
通信が利用できる人には、スマートフォンなどを通じて居場所や必要な支援を登録してもらい、配送や訪問支援につなげる。デジタルを使えない人には、民生委員、自治会、消防団、介護・医療関係者などが個別に訪問する。
全員に同じ方法を当てはめるのではなく、複数の方法を組み合わせることが重要です。
弥富市で進めるべき備え
今回の講演を弥富市の防災に引き寄せて考えると、次の取り組みが必要です。
1.保健・医療・福祉を災害対策本部の中核に置く
防災部門だけでなく、保健師、医療機関、介護・障がい福祉事業者、薬剤師、訪問看護などが情報を共有し、支援を調整する体制を平時からつくる必要があります。
2.医療機関・福祉施設の機能を継続的に把握する
電気、水、空調、トイレ、食事、医薬品、職員数、受け入れ余力などについて共通の確認項目を設け、発災後に繰り返し更新できる仕組みを整えるべきです。
3.避難所以外の避難者を把握する
在宅避難者、車中泊避難者、指定避難所以外に身を寄せている人が、自ら状況を登録できる方法と、支援者が訪問して把握する方法の両方を準備する必要があります。
4.民間の専門家と事前に協定を結ぶ
物流、空調、電気、水道、仮設トイレ、廃棄物、輸送、宿泊、福祉などについて、協力事業者、連絡方法、費用負担を具体的に決めておくことが重要です。
5.支援が来ない時間を前提にする
南海トラフ地震のような超広域災害では、全国各地が同時に被災し、外部の支援がすぐには届かない可能性があります。
地域の医療・福祉機能をできる限り維持し、住民、自治会、事業者、医療・介護関係者が地域内で支え合える体制を強化しなければなりません。
6.「避難させること」だけを正解にしない
広域避難や施設間搬送が必要な場合でも、本人と家族の希望、移動による身体的負担、地域とのつながりを考慮する必要があります。
単に移動させるのではなく、その人の生活と人生を守る視点から判断する仕組みが求められます。
生活者を病人にしない防災へ
災害対応に、最初から100点の正解はありません。
その時点では最善と思われた対応が、後から見れば別の問題を生んでいたということもあります。だからこそ、災害のたびに対応を検証し、制度や計画を更新し続けなければなりません。
負傷者を治療する。
医療や介護を止めない。
避難生活による健康悪化を防ぐ。
そして、住み慣れた地域での生活と、その人らしい人生を守る。
災害時に守るべきものは、「命」だけではありません。
「命・生活・人生」を一体として守ること。そのために、医療、福祉、防災、物流、民間事業者、地域住民を結ぶ仕組みを、平時からつくっておく必要があります。
今回の熊本地震で得られた教訓を、次の災害まで先送りしてはなりません。
関連資料
※被害状況や支援内容は今後更新される可能性があります。

