
住宅は建っても、暮らしは戻るのか
奥能登の復興を阻む「人口・住まい・行政力」の構造的課題
2024年1月の能登半島地震と、同年9月の奥能登豪雨は、住宅や道路だけでなく、仕事、医療、買い物、農林漁業、地域のつながり、そして復興を担う行政組織そのものに大きな打撃を与えました。
国、県、市町は、観光の再生やデジタル技術の活用など、将来を見据えた復興計画を掲げています。
しかし現場では、人口流出、建設費の高騰、技術職員や事業者の不足、農地や生活サービスの復旧の遅れが重なっています。
奥能登で問われているのは、「復興計画があるか」ではありません。その計画を実行し、住民の暮らしを立て直す力が地域に残されているかです。
復興とは、建物を元に戻すことではない。住民が自分の将来を選べる状態を取り戻すことである。
先に結論――復興を止めている5つの壁
奥能登の復興が進みにくい原因は、単なる予算不足ではありません。
- 急激な人口流出によって、商店、医療、学校、交通などを維持する基盤が弱っている
- 住宅再建費が大きく上昇し、公的支援を利用しても多額の自己負担が残る
- 自治体職員や建設事業者が不足し、予算を事業に変える「実行能力」が低下している
- 復興公営住宅の価格、家賃、維持費、入居見込みについて、住民が判断できる情報が十分に見えない
- 現地再建、近接移転、集約移転など、地域ごとの事情に応じた選択肢が不足している
必要なのは、一律の原状回復でも、一方的な集約化でもありません。安全性、生業、地域のつながり、将来人口を踏まえた複数の復興ルートを用意することです。
1 5年間で約4人に1人が減った奥能登
2025年国勢調査の速報集計では、奥能登4市町の人口は、2020年の6万1,114人から4万5,859人へ減少しました。5年間の減少率は約25%です。
| 市町 | 2020年 | 2025年速報値 | 減少数 | 減少率 |
|---|---|---|---|---|
| 珠洲市 | 12,929人 | 8,528人 | 4,401人 | 34.04% |
| 輪島市 | 24,608人 | 18,072人 | 6,536人 | 26.56% |
| 能登町 | 15,687人 | 12,727人 | 2,960人 | 18.87% |
| 穴水町 | 7,890人 | 6,532人 | 1,358人 | 17.21% |
| 合計 | 61,114人 | 45,859人 | 15,255人 | 24.96% |
この速報値は、後日公表される確定値と異なる可能性があります。それでも、珠洲市の34.04%をはじめ、奥能登で人口減少が極めて速いことは明らかです。石川県「令和7年国勢調査 速報集計結果」
人口が減れば、単に住宅需要が小さくなるだけではありません。
- 商店や飲食店の顧客が減る
- 病院、介護、学校、公共交通の維持が難しくなる
- 上下水道などの利用者が減り、1人当たりの維持負担が重くなる
- 消防団、自治会、祭り、見守りを担う人材が不足する
- 地域で働く場所が減り、さらなる人口流出を招く
ただし、この人口減少を直ちに「不可逆的な地域崩壊」と断定することも適切ではありません。避難中の人、帰還を検討している人、二地域居住を望む人、移住を希望する人もいます。
行政が把握すべきなのは人口の総数だけではなく、「誰が、どの条件が整えば戻れるのか」です。
2 住宅再建費と支援額の大きな隔たり
奥能登では、資材費、人件費、運搬費、作業員の宿泊費などが上昇し、住宅再建費が数千万円に上る事例があります。
ただし、「一般的な一戸建ては一律に5,000万円」と断定するには、住宅の規模、構造、敷地条件、地盤改良、解体費などをそろえた調査が必要です。市民向けには、「再建費が数千万円規模となる事例があり、支援後も大きな自己負担が残る」と表現する方が正確です。
石川県は、被災者生活再建支援金、特例給付金、能登創生住まい支援金などを組み合わせ、新築・購入の場合は最大1,060万円の助成制度を用意しています。石川県知事記者会見・令和8年1月20日
しかし、この最大額をすべての被災世帯が受け取れるわけではありません。被害の程度、世帯構成、所得、再建方法などによって利用できる制度は異なります。利子助成も、住宅建設費の元本を直接減らす給付とは性格が異なります。
被災前の住宅ローンが残る世帯では、新しい住宅ローンとの二重負担も生じます。特に高齢世帯にとって、数千万円の借入れを前提とする再建は現実的でない場合があります。
重要なのは、制度の数や名目上の最大額ではありません。
支援をすべて利用した後、その世帯にいくらの負担が残るのか。
世帯ごとの実質負担を示す「住宅再建カルテ」を作り、自宅再建、公営住宅、民間賃貸、修繕、近接移転などを比較できるようにする必要があります。
3 買取型復興公営住宅――方式そのものは違法ではない
珠洲市では、民間事業者が敷地整備、設計、建設を一体的に行い、完成後に市が住宅を買い取る「買取型復興公営住宅」が進められています。
公営住宅法は、自治体が住宅を直接建設する方法だけでなく、民間から住宅を買い取って公営住宅として供給する方法も認めています。そのため、買取型という方式自体を「違法」「脱法」と断定することはできません。公営住宅法
この方式には、設計と施工を一体化し、自治体の人手不足を補いながら、整備期間を短縮できる可能性があります。
一方で、行政側の積算・設計能力が不足しているから民間に任せるのに、その民間事業者が提示した価格を審査する行政側の体制も不足しているとすれば、価格の妥当性を十分に確認できないおそれがあります。
したがって、問題は方式の適法性ではなく、次の手続が実質的に機能しているかです。
- 予算と正式な予定価格は、どのような積算に基づいているか
- 公募型プロポーザル後の契約方式と法的根拠は何か
- 事業者の見積りとは別に、独立した価格査定を行っているか
- 契約後の設計変更や物価上昇による増額に上限があるか
- 仮契約、本契約、変更契約を議会と市民にどこまで公開するか
4 仁江町団地――7億5,400万円の中身を検証する
珠洲市の仁江町団地では、戸建て10戸を整備し、事業者が提案できる売買価格の上限が総額7億5,400万円とされています。
単純に戸数で割ると1戸当たり約7,540万円ですが、この金額には住宅だけでなく、敷地や基盤施設の整備なども含まれます。一方で、杭工事、地盤改良、確認・性能評価関係費用、上下水道の一部負担などは別途扱いとなっています。そのため、通常の戸建て住宅の建築費と単純に比較することはできません。珠洲市・仁江町団地事業者募集要項
事業者選定では、住宅の供給体制、まちづくり、施工計画、工期、売買価格などを総合的に審査しています。3者が審査対象となり、大和ハウス工業北陸支社が選定されました。珠洲市・仁江町団地事業ページ
一方、100点満点の評価のうち、価格に関する配点は5点です。防災性、住みやすさ、工期を重視することには合理性がありますが、価格競争の比重が小さい以上、選定後の原価査定と増額管理が一層重要になります。仁江町団地事業者審査基準
市民に公開すべきなのは、上限価格だけではありません。
- 地盤改良などを含む最終的な総事業費
- 住宅本体、造成、道路、上下水道などの費用内訳
- 契約変更の理由と増減額
- 国・県・市それぞれの負担額
- 入居予定戸数と空室が生じた場合の利用方針
- 30年間程度の修繕・維持管理費
「何戸建てたか」だけではなく、「実際に何世帯が入居し、1戸当たりどれだけの公費を要したか」まで検証する必要があります。
5 家賃無償化は重要な支援だが、3年後も見据える
復興公営住宅の家賃は、事業者の建設費がそのまま入居者に転嫁される仕組みではありません。原則として、世帯所得、住戸面積、立地、建物の経過年数などに基づいて決定されます。
石川県は、復興公営住宅の家賃を月平均約2万5,000円と見込み、入居後3年間の家賃相当額を市町に補助して、入居者の家賃を無償化する方針を示しています。必要額は総額約27億円と見込まれています。石川県知事記者会見・令和8年1月20日
これは、家賃のかからない仮設住宅から恒久住宅へ移る被災者の負担を軽減する重要な支援です。「高騰した調達費を事後的に穴埋めする制度」と断定することはできません。
一方、無償期間が終わった後の生活不安は残ります。行政は入居前に、次の情報を具体的に示すべきです。
- 所得区分ごとの3年後の概算家賃
- 共益費、駐車場代、光熱費を含む毎月の生活費
- 収入が変化した場合の家賃の見通し
- 高齢者、単身者、低所得者に対する減免制度
- 退去、住み替え、将来の建物処分に関する方針
なお、「買取型」とは、市が完成住宅を事業者から買い取ることを意味します。入居者が将来その住宅を買い取れるという意味ではありません。入居者への払い下げ制度を設ける場合は、別の制度として条件を明示する必要があります。
6 復興を担う自治体職員も被災者である
復興計画を実行する自治体職員自身も、住宅や家族、生活基盤に被害を受けた被災者です。その上で、平時の行政事務に加え、膨大な復旧・復興業務、国や県への申請、住民対応を担っています。
珠洲市の公表資料では、令和6年度の退職者は45人、新規採用者は15人、職員数は375人とされています。ただし、退職者には定年退職などが含まれる可能性があり、この数字だけで震災を理由とする若手職員の大量離職や「行政崩壊」を断定することはできません。珠洲市「人事行政の運営などの状況」
それでも、専門職員の不足が復興の速度と質を左右する重大な問題であることは変わりません。
全国からの短期応援だけでなく、設計、積算、用地取得、建築、農業土木、福祉、住民合意を担う専門チームを、国や県が複数年にわたって配置する必要があります。
被災自治体に平時と同じ発注能力を求め続けるのではなく、必要に応じて国や県が設計、発注、工事監督を直接支援・代行する仕組みが必要です。
7 安全規制と生業再建を対立させない
民宿、飲食店、工房などを再建する際、建築基準法、消防法、食品衛生、バリアフリーなどの現行基準への対応が必要となり、被災前より大きな設備投資を求められる場合があります。
小規模事業者にとって、この追加負担が再建を断念する一因となることは考えられます。しかし、個別の建物用途、規模、構造、必要設備を確認せず、「現行法が事実上の開業禁止になっている」と一括して断定することは適切ではありません。
必要なのは、安全基準を無条件に撤廃することではなく、安全性と事業継続を両立させる支援です。
- 建築、消防、保健所による合同の事前相談窓口
- 必要な設備と費用を早期に示す無料診断
- 防火・避難設備に対する公費助成
- 同等の安全性を確保できる代替措置の検討
- 仮設店舗や共同施設を活用した段階的な営業再開
- 小規模事業者に対する設計・申請支援
「安全を緩めるか、廃業するか」という二者択一にしてはなりません。
8 金蔵地区が示す、地域のつながりの力
輪島市町野町の金蔵地区では、散村形態の集落として、農地や山林、住民同士の関係を維持しながら復興する道が模索されています。
地域の情報発信、交流会、空き家と移住希望者の橋渡し、新しい農業への挑戦などは、住民同士のつながりが復興の重要な資源になることを示しています。
一方、集落内の仮設住宅や復興住宅をめぐる行政との交渉については、行政が単に「コンパクトシティ政策を理由に拒否した」と断定する前に、用地、安全性、希望戸数、整備基準、財源などの具体的な回答文書を確認する必要があります。
金蔵地区から学ぶべきなのは、「行政に頼らないこと」ではありません。
住民の力だけでは直せない道路、農地、水路、住宅を行政が支え、行政だけでは生み出せない地域のつながりを住民が支える。
この役割分担こそ、住民主体の復興です。
9 仁江町が突きつける、安全性と地域存続の難題
珠洲市仁江町は、地震による斜面崩壊と、その後の豪雨による土砂災害が重なり、居住の安全性そのものが問われる厳しい状況に置かれました。
仁江町団地の整備予定地には、現況地目が塩田の土地と、海岸隆起によって新たに生じた土地の上へ仮置きされた残土部分が含まれています。
だからこそ、行政は地質調査、地盤改良、津波・高潮、排水、避難経路について、住民に分かる形で説明しなければなりません。珠洲市・仁江町団地事業者募集要項
一方で、「かつて海だった土地だから危険」とだけ判断することもできません。必要なのは、地盤や災害リスクを科学的に評価し、その結果と対策費を公開することです。
また、農地復旧の見送り、土地改良区域の変更、土地境界確認の負担、住民リーダーの転出などについては、重要な問題提起である一方、行政文書や議会記録、当事者への確認によって事実関係を整理する必要があります。
確認すべきなのは、少なくとも次の点です。
- 居住制限や立入制限の法的根拠と危険度評価
- 斜面・土石流対策を行った場合の安全性と事業費
- 農地復旧を行わないと判断した主体、手続、理由
- 土地改良区域の変更手続と対象農家への説明
- 土地境界確認について、自治会長に求められた具体的な役割
- 現地再建、近接移転、集団移転の比較検討結果
安全上の理由による居住制限と、費用を理由とした政策上の優先順位は同じではありません。
両者を分けて説明し、住民が異議を述べ、代替案を提案できる手続が必要です。
10 「集約か原状回復か」の二者択一を超える
奥能登のすべての集落を、同じ方式で復興することはできません。
必要なのは、地域の安全性、生業、人口、住民の意向に応じた複数の選択肢です。
現地再建型
安全性を確保できる地域では、住宅、道路、農地、生活サービスを現地で再建する。
近接移転型
元の集落とのつながりを保てる安全な場所に住宅を移し、農地や漁業などの生業を継続する。
拠点連携型
医療、買い物、福祉などは一定の拠点に集約しながら、住宅と生業は各地域に残し、交通や移動サービスで結ぶ。
合意型移転
現地居住が困難な地域では、危険性、補償、土地利用、コミュニティ維持について十分に説明し、住民合意の下で移転する。
重要なのは、行政が最初から結論を決めるのではなく、各案の安全性、費用、生活への影響を比較できるようにすることです。
11 今、行政に求められる6つの改革
1 復興事業の「総額」を公開する
当初予算だけでなく、設計変更、地盤改良、維持管理費を含む最終的な総事業費を公開する。
2 価格を独立して検証する
事業者の見積りだけに依存せず、県、国、第三者技術者による積算・原価査定を行う。
3 住民に生活費の見通しを示す
家賃、共益費、交通費、光熱費を含め、入居後の負担を所得区分別に提示する。
4 被災自治体の発注能力を国・県が補う
専門職を長期派遣し、必要な場合は設計、発注、工事監督を直接支援・代行する。
5 地域ごとに複数の復興案を示す
現地再建、近接移転、拠点連携、合意型移転を比較し、住民が選べるようにする。
6 住民が異議を述べられる仕組みをつくる
復興計画の説明会だけでなく、第三者を交えた再検討、異議申立て、代替案の審査制度を設ける。
結論 完成した施設の数ではなく、再建された暮らしを測る
奥能登の復興の遅れは、単なる予算不足や自治体の努力不足によるものではありません。
急激な人口流出、住宅再建費の高騰、建設市場の供給不足、行政職員の疲弊、複合災害による土地利用の制約が同時に進行し、予算を住民の生活再建へ変える力そのものが弱くなっています。
買取型復興公営住宅など、民間の力を活用した迅速な整備方法は必要です。しかし、迅速化を理由に、価格、契約変更、家賃、将来負担、住民参加を不透明にしてはなりません。
また、人口減少を理由に地域を一律に集約するのではなく、安全性と地域の再生力に応じた複数の復興ルートを用意する必要があります。
復興の成果は、建てた住宅の戸数や復旧した道路の延長だけでは測れません。
- 住民が安心して入居できたか
- 家賃を払い続けられるか
- 仕事や農業を再開できたか
- 医療や買い物を確保できたか
- 地域で孤立せずに暮らせるか
- 自分の将来を自分で選べるか
この問いに答えられて初めて、復興は「完成した」といえるのではないでしょうか。
