「第175回げんさいカフェ」
1.日 時:2026月7月7日(火)16:30~18:00
2.テーマ:土砂災害の予測はなぜ難しいのか?
3.ゲスト:森・水・土砂をつなぐ流域学者 五味 高志 さん
(名古屋大学大学院生命農学研究科教授/減災連携研究センター兼任・協力教員)
4.ファシリテーター:田代 喬 さん
(名古屋大学減災連携研究センターライフライン防災産学協同研究部門特任教授)
5.場 所:名古屋大学減災館1階減災ギャラリー・オンライン
6.ホームページ
https://www.gensai.nagoya-u.ac.jp/?p=31700
ご提示いただいた文章は、音声認識ソフト特有の誤変換(「競走会」→「表層崩壊」、「既に」→「地すべり」など)が多く含まれており、そのままでは少し読みづらい状態でした。
内容の意図を汲み取り、誤変換を修正した上で、要点がスッと頭に入ってくるように「イベント概要」と「トークセッションの要点」というレポート形式に整理しました。
第175回 げんさいカフェ 開催概要
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日時: 2026年7月7日(火)16:30~18:00
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テーマ: 土砂災害の予測はなぜ難しいのか?
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ゲスト: 五味 高志 氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授 / 減災連携研究センター兼任・協力教員 / 森・水・土砂をつなぐ流域学者)
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ファシリテーター: 田代 喬 氏(名古屋大学減災連携研究センター ライフライン防災産学協同研究部門特任教授)
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場所: 名古屋大学減災館1階減災ギャラリー・オンライン
トークセッションの要点整理
1. 視点の「スケール」を変えて災害を考える
今回のテーマは「土砂災害の予測はなぜ難しいのか」。広域の雨から、裏山の斜面まで、様々なスケール(物差し・見方)で考えることが重要になります。日本全国というマクロな視点から、特定の地域、さらには「斜面単位」というミクロな視点まで、スケールを変化させながら土砂災害の実態に迫ります。
2. 近年の土砂災害の傾向
過去のデータ(昭和57年〜令和6年)を見ると、土砂災害は近年増加傾向にあります。令和6年だけでも全国で1,433件発生しました。
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広域化: 台風が通過する西日本だけでなく、東北地方の梅雨前線による豪雨や、能登半島地震後の降雨など、全国各地で発生しています。
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時期的なリスク: 7月は特に土砂災害が起きやすい時期です。過去にも「九州北部豪雨(2017年7月)」や「熱海土砂災害(2021年7月)」などが発生しており、本日7月7日の「川の日」を機に改めて考える意義があります。
3. 土砂災害予測の「現状」と「難しさ」
気象庁のスーパーコンピュータや気象レーダーの進化により、線状降水帯や土砂災害警戒情報など、「雨の予測(どこで強い雨が降るか)」は非常に精度が高くなりました。 しかし、土砂災害特有の以下のポイントを予測することは、依然として非常に困難です。
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上流域の「どの斜面が」崩れるのか(場所の特定)
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それが「いつ」崩れるのか
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「どれくらいの規模」で、「どこまで」土砂が届くのか
4. 雨をきっかけとする土砂災害の3分類
今回は地震起因ではなく、主に「雨」によって発生する土砂災害に焦点を当てます。
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表層崩壊: 森林の根が張っている数十センチ〜数メートルの表層土壌が一気に滑り落ちる現象。降雨時に急速に発生しやすい。(例:九州地方の事例)
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土石流: 崩れた土砂が水と混ざり合い、渓流を高速で流れ下る現象。(例:西日本豪雨の広島の事例)
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地すべり: 地中深くの地下水などの影響で、ゆっくりと斜面が動く現象。(※地震時に発生することもある)
5. 予測に向けた「6つの問い」
土砂災害を予測し、避難につなげるためには、以下の6つの問いを考える必要があります。
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雨: いつ、どこで、どれくらい強い雨が降るか?
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危険地域: どのエリアに土砂災害の危険度があるか?
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発生場所: 実際にどの斜面が崩れるのか?
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発生タイミング: それはいつ崩れるのか?(避難判断に直結)
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到達範囲: 崩れた土砂や土石流はどこまで届くのか?
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避難の判断: いつ、誰が避難するのか?
6. 日常からの備え(クロストーク)
田代氏より、一般生活者にとっては「雨の予測」以外は自分たちで予測するのが難しいという実情が挙げられました。だからこそ、日常的に生活圏を歩き、「擁壁などの維持管理がされていない斜面はないか」など、身近な起伏や斜面の状態に目を向けておくことが重要だと締めくくられました。
音声認識の誤変換(「入院」→「誘因」、「同僚出席のアジテーター」→「土壌雨量指数」など)を修正し、前回の形式に揃えて要点を整理しました。
7. 視点の「スケール」を繋ぐ重要性
私たちは日常生活において、身近な「生活空間(斜面や擁壁など)」と、広域の「地域・流域(小さな川から木曽三川のような大河川まで)」を切り離して考えがちです。しかし、平らな土地も元は山から運ばれた土砂が堆積してできたものであり、上流から下流までは繋がっています。
広域の天気予報と自分たちの生活空間の間にある「流域や斜面の繋がり」に目を向けることが、土砂災害の危険度を把握する第一歩となります。
8. 土砂災害発生のメカニズム:「素因」と「誘因」
土砂災害がどこで起こるかは、複雑な条件(連立方程式のようなもの)が絡み合って決まります。大きく分けて以下の2つの要因を整理することが重要です。
| 要因の分類 | 意味 | 具体例 |
| 素因(そいん) | その場所が本来持っている、土砂災害の起きやすさ(地盤の特徴など) | 地質、土壌、森林の状態、過去の災害履歴 |
| 誘因(ゆういん) | 災害を直接引き起こす「きっかけ」となる外力 | 強い雨、長時間の雨、地震など |
※日本の国土の7割は森林であり、森林の管理状態は「素因」にも「誘因」にも影響を与え得る重要な要素です。
9. 土壌の水分量を把握する「土壌雨量指数」
降った雨が土の中にどれくらい溜まっているかを示す指標が「土壌雨量指数」です。
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仕組み: タンクモデル(バケツに水が溜まり、底から抜けていくような計算式)を用いて、土の中の水分量を算出します。
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特徴: 日本全国を4km四方のメッシュに区切り、統一的な指標として計算されています(個別の地質や植生の違いは考慮されていませんが、全体的な危険度を測る目安になります)。
10. 新しい「土砂災害警戒情報」とスネーク曲線
今年の5月27日より、土砂災害に関する注意報・警報の仕組みが再整備され、警戒レベル(1〜5)に合わせてより分かりやすく発信されるようになりました。この予測のベースとなるのが以下の2軸を用いた解析です。
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横軸: 土壌雨量指数(土の中の水分量)
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縦軸: 60分間雨量(直近の雨の強さ)
この2軸のグラフ上に雨の状況をプロットしていくと、蛇が這うような軌跡を描くため「スネーク曲線」と呼ばれます。
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雨が降っている時: グラフの右上(危険な方向)へどんどん進みます。
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雨が止んだ時: グラフは左下へ戻ろうとしますが、土の中の水分(土壌雨量指数)はすぐには減らないため、ゆっくりとした動きになります。雨が止んでも土砂災害の危険が続くのはこのためです。
現在は、このスネーク曲線が「基準線」に達する時間を予測(3時間前に警戒情報、2時間前に危険警報など)することで、適切なタイミングでの情報発信が行われています。
11. 警戒情報改定の狙いと「避難のリードタイム」の課題
改定された新しい土砂災害警戒情報は、「土壌雨量指数」と「降雨量」の2軸を組み合わせることで、より妥当性の高い(実態に即した)警報を出せるようになりました。
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改定による変化: 以前は比較的早く広域に出すぎていた「レベル3(高齢者等避難)」が、より的確なタイミングで発表されるようになります。
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新たな課題(リードタイムの減少): 精度が上がった反面、「レベル3」から「レベル4(避難指示)」へと移行する時間が短くなる、あるいは一足飛びにレベル4が発令されるケースが増える懸念があります。特に、避難に時間を要する高齢者等のリードタイム(避難のための猶予時間)をどう確保するかが今後の課題です。
12. 「雨の予測」と「土砂災害の予測」の大きなギャップ
「どこで強い雨が降るか」という気象予測は大きく進歩していますが、それと「どこで災害が起きるか」の予測精度はイコールではありません。
雨の予測に対し、表層崩壊や土石流といった土砂災害の予測が極めて難しい理由は、「土壌」「森林」「地質」など、地下に隠れていて目に見えにくい要因(素因)が複雑に絡み合っているためです。
13. 「地形」から紐解く水と土砂の動き
土砂災害を広域だけでなく「流域」や「斜面」のスケールで考える際、非常に重要なのが「地形(地形状の水の集まり方)」です。
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水の集まり方: 雨は地形の起伏に沿って流れ、沢へと集まります。地形が違えば水の集まり具合も大きく変わります。
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土砂の動き方: 山で崩れた土砂が「そのまま川へ流れるのか」「途中で止まるのか」、あるいは「水と混ざって土石流として下流を襲うのか」。これらの動きも地形によって決定づけられます。
14. 新たな脅威「土砂洪水氾濫」の実態
土石流は急斜面で発生・流下するイメージが強いですが、近年は様相が変わってきています。(例:平成30年/2018年 広島県呉市の事例)
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緩勾配での被害拡大: 上流で発生した大量の土砂(マサ土など)や流木が、比較的勾配のゆるい下流域まで押し寄せ、川を完全に埋め尽くしてしまう現象が起きています。
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被害の連鎖: 川が土砂で埋まることで、行き場を失った水が市街地に溢れ出し、さらなる被害を広げます。これを「土砂洪水氾濫」と呼びます。
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自然のサイクルと人間の生活圏: 長い歴史で見れば山が崩れて土砂が堆積するのは自然のプロセスですが、高度経済成長期以降、私たちは土石流の出口である山間地域まで生活圏を広げてきました。気候変動による豪雨の増加も相まって、どこまで土砂が到達するのかを見極めることがこれまで以上に重要になっています。
15. 「地質(岩石)」の違いによる影響
土砂災害の起こりやすさは、山を構成する「地質」にも大きく左右されます。 (例:昭和47年/1972年 愛知県小原村の豪雨災害事例)
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同じ地域でも、「花崗岩(かこうがん)」か「閃緑岩(せんりょくがん)」かといった地質の違いによって、崩壊の規模や被害の出方が異なります(※閃緑岩は白黒のゴマ塩のような模様で花崗岩と見た目は似ていますが、特性が異なります)。
16. 地質による「崩れやすさ」と「水の蓄えやすさ」の違い
前段で触れた「花崗岩(かこうがん)」と「閃緑岩(せんりょくがん)」は、見た目は似ていても風化の進み方が大きく異なります。
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花崗岩の特性: 風化すると「マサ土」と呼ばれる砂状になりやすく、非常に崩れやすい特性を持ちます。同じような雨が降っても、花崗岩のエリアでは斜面の至る所で土砂崩れが多発する傾向があります。
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水資源との関係: 一方で、風化して隙間が多いということは、それだけ「水を蓄える能力(保水力)」が高いということでもあります。雨が降らなくても安定して地下水を得られるという恩恵がある反面、水を含みやすいために災害発生のリスクとも表裏一体になっています。
17. 森林の水循環と斜面崩壊の関係
日本の平均降水量は年間約1,700mmですが、そのすべてが地面に浸み込むわけではありません。
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水循環のプロセス: 降った雨のうち、樹木が吸収したり葉から蒸発したりする分が約800mm。残りの分が土壌に浸透し、地下水となって川へ流出します。
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崩壊へのつながり: このプロセスの中で、地面に浸み込んだ水分が土壌に過剰に溜まってしまうことが、斜面崩壊(土砂崩れ)の直接的な引き金となります。
18. 斜面が崩れる力学メカニズム
斜面には常に2つの相反する力が働いています。普段は山が崩れないのは、このバランスが保たれているからです。
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水が入るとどうなるか: 大雨で地下水が上昇すると、土の中に「浮力」が働き、踏ん張る力である「せん断抵抗力」が急激に弱まります。その結果、下へ引っ張る力が勝って斜面が崩壊します。
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危険な条件: 「傾斜が急(30〜40度)」で、かつ「土壌が厚い(重い)」場所ほど下に引っ張る力が大きくなり、そこに水が加わることで崩壊のリスクが跳ね上がります。
19. 樹木の「根」が果たす役割と予測の壁
地表からは見えませんが、樹木の根は斜面を安定させるために非常に重要な役割を担っています。
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予測を難しくする最大の要因: 根の張り方や強さは、樹種、成長度合い、天然林か人工林か、さらには手入れ(間伐など)の状況といった「生物的な要因」によって時間とともに変化します。この見えない複雑な条件が絡み合うため、「どの斜面が、いつ崩れるのか」をピンポイントで予測することは極めて困難になります。
20. 前半のまとめと休憩
ここまでのトークセッションで、土砂災害を引き起こす「誘因(雨)」から、発生を左右する「素因(地形・地質・土壌・森林)」までのメカニズムが一通り解説されました。ここで5分間の休憩を挟み、後半は五味先生のオリジナル研究(植物が斜面の安定に及ぼす影響の実験など)へと続きます。
21. 最新研究:植物の「根」が斜面崩壊に与える影響
実際の山を崩して実験することは難しいため、1/70スケールの斜面模型に「豆苗(とうみょう)」を植えて樹木に見立て、人工的に雨を降らせる実験が行われました。(※生育の早い豆苗の20cmは、1/70スケールで実際の14〜15mの樹木に相当します)
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崩壊を遅らせる効果: 「植生なし(植物がない)」の斜面が早く崩れたのに対し、「植生あり」の斜面は、根が土を強く支えるため崩壊までの時間が長くなりました。
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崩壊の規模への影響: 植物の生え具合(密度)によって、斜面の一部だけが崩れるのか、面全体が大きく崩れるのかといった「崩れ方のパターン」に違いが出ることが確認されました。
22. 森林のジレンマ:崩れる時はより激しくなる危険性
この実験から見えてきた非常に重要な発見は、「植物がある斜面が限界を超えて崩壊した場合、被害が激甚化しやすい」という点です。
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根が土壌を強くホールドして粘り強く耐える分、土壌の中には限界まで大量の水分が溜め込まれます。
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近年の気候変動による長雨などでこの限界を突破して一気に崩壊すると、大量の水分を含んだ土砂は「高い流動性(水のようにドロドロと流れやすい状態)」を持ちます。これが「土砂洪水氾濫」として下流の遠くまで一気に押し寄せる原因になり得ます。
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「森林があれば土砂災害は防げる」と単純に言えるものではなく、間伐(かんばつ)を行って木を適切な密度で育てるなど、山の継続的な管理が極めて重要になります。
23. 予測の難しさを補う「過去の災害履歴」
地質や森林の根の張り方など、目に見えない「素因」をすべて正確に把握してピンポイントで災害を予測するのは、現在の技術でも困難です。そこで有効なのが「過去の災害履歴」を教科書にすることです。 全国一律の雨量基準だけでなく、「過去にこの地域でどのような雨の時に土砂災害が起きたか」という地域特有の基準を整理・診断していくことが、今後の災害予測において重要になります。
24. 質疑応答(Q&A)のハイライト
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Q. 土砂災害の予測にAIは活用できるか?
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A. 非常に期待できる分野です。地形、森林の状態、過去の災害履歴などの膨大なローカルデータをAIに学習させることで、「この地域にはどのような危険が潜んでいるか」という『地域診断』の精度が今後上がっていくと考えられます。
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Q. どんな木が災害を防ぐのに有効か?
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A. 水平方向に広がる根、垂直に深く伸びる根など、樹種によって強みは異なりますが「絶対に崩れない夢の木」を特定するにはまだ研究が必要です。まずは「森林の防災機能にも限界がある」という事実を理解することが先決です。
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Q. 「地震」が引き金となる土砂災害は「雨」とどう違うか?
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A. 震源からの距離や断層の位置などが関係し、発生メカニズムが異なります。さらに複雑なのは、地震発生前に降っていた雨(先行降雨)によって土の中の水分量が異なると、地震による揺れに対する斜面の強さや、崩れた土砂の流動性も大きく変わってしまう点です。複合的な要因が絡むため、予測はさらに難しくなります。
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25. まとめ:私たちにできる備えの第一歩
本日の結論として、気象予測(雨の予測)がどれほど進歩しても、地下や植物の複雑な要因が絡む「土砂災害の正確な予測」は依然として非常に困難です。
だからこそ、行政が発信する「土砂災害警戒情報」や「ハザードマップ(危険区域や避難場所の確認)」を日頃から積極的に活用することが命を守ることに直結します。 同時に、目の前の生活空間だけでなく、自分の住む地域の「背後にある斜面」や「上流域の川・山の状態」、そして「過去の災害の歴史」に目を向け、自分たちの地域の特性を理解しようとする視点を持つことが、防災の確実な第一歩となります。
愛知県弥富市を念頭に置いた土砂災害予測の限界と流域スケールの防災戦略
1. 序論:気候変動下における土砂災害の広域化と「スケール」という視座
日本列島は、急峻な地形、脆弱な地質構造、そしてモンスーン気候による多雨という自然条件が重なり、古来より土砂災害と隣り合わせの歴史を歩んできた。
しかし近年、気候変動に伴う降雨パターンの極端化により、土砂災害の発生形態は明確な変容を見せている。
過去の統計データ(昭和57年〜令和6年)を紐解くと、土砂災害の発生件数は中長期的に増加傾向をたどっており、令和6年(2024年)単年においても全国で1,433件もの発生が記録されている。
かつて土砂災害といえば、台風の主要な経路となる西日本や太平洋側での発生が顕著であった。
しかし現在では、気象現象の広域化により、東北地方における梅雨前線の停滞による大規模な豪雨災害や、能登半島地震後の降雨による地震と降雨の複合災害など、日本全国のあらゆる地域で甚大な被害が発生している。
とりわけ7月は、梅雨末期の湿った空気の流入により積乱雲群が組織化しやすく(線状降水帯の形成)、年間を通じて最も土砂災害リスクが跳ね上がる時期である。
過去を振り返っても、「平成29年(2017年)7月九州北部豪雨」や「令和3年(2021年)7月伊豆山土砂災害(熱海市)」など、歴史に残る大災害がこの時期に集中している。
本日7月7日の「川の日」を機に、水と土砂の動態を再考することは、極めて実践的な意義を持つ。
本稿の主題は、「土砂災害の予測はなぜ技術的にこれほど困難なのか」という問いに対する科学的・工学的な解明である。
この複雑な現象を理解するためには、日本全国を覆う気象現象という「マクロなスケール」、特定の地域や河川流域という「メゾスケール」、そして個別の裏山の斜面や樹木の根の張り方という「ミクロなスケール」へと、視点(物差し)を動的に変化させながら現象を捉える必要がある。
さらに本稿では、ミクロな斜面崩壊が下流域の巨大な平野部にどのような連鎖的破局をもたらすのかを検証するため、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の最下流に位置し、広大なゼロメートル地帯を抱える「愛知県弥富市」を念頭に置いた流域スケールの防災戦略を論じる。
上流の山地から下流の海岸に至るまで、平らな生活空間もまた、太古から山から運ばれた土砂の堆積によって形成されたものである。
広域の天気予報と、我々の足元の生活空間の間にある「流域と斜面の不可分な繋がり」に目を向けることこそが、次世代の防災・減災における第一歩となる。
2. 土砂災害予測の「現状」と「6つの問い」
近年、気象庁が運用するスーパーコンピュータの演算能力の飛躍的向上や、全国に展開された高解像度気象レーダー網(二重偏波レーダー等)の観測データの蓄積により、「どこで、いつ、どれくらい強い雨が降るか」という純粋な気象予測の精度は劇的に進歩した。
線状降水帯の発生予測や、「キキクル(危険度分布)」によるリアルタイムの降水監視は、世界でも最高水準にある。
しかしながら、「雨の予測精度」と「土砂災害の発生予測精度」の間には、依然として埋めがたい巨大なギャップが存在する。
気象という上空の物理現象に対して、土砂災害は地下に隠れた多様なパラメータに依存するためである。
土砂災害特有の以下のポイントをピンポイントで予測することは、現代の科学技術をもってしても極めて困難である。
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場所の特定:広大な上流域のネットワークの中で、「どの斜面が」崩れるのか。
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発生タイミング:臨界点を超えて、それが「いつ」崩れるのか。
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規模と到達範囲:「どれくらいの規模」の土塊が動き出し、「どこまで」届くのか。
この不確実性の高い災害に対して、適切な避難行動を社会実装するためには、災害リスクマネジメントの観点から以下の「6つの問い」に対して統合的な解答を出し続ける必要がある。
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雨: いつ、どこで、どれくらい強い雨が降るか?(気象学的アプローチ)
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危険地域: どのエリアに土砂災害の潜在的な危険度があるか?(地形・地質学的アプローチ)
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発生場所: 実際にどの斜面が崩れるのか?(斜面安定解析アプローチ)
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発生タイミング: それはいつ崩れるのか?(避難判断の直接的トリガー)
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到達範囲: 崩れた土砂や土石流はどこまで届くのか?(ハザードマップ・シミュレーション)
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避難の判断: いつ、誰が避難するのか?(社会科学・防災心理学的アプローチ)
3. 雨を起因とする土砂災害のメカニズムと分類
本稿では地震起因ではなく、主に「雨」をトリガーとして発生する土砂災害に焦点を当てる。地形の変化や土砂の移動形態によって、土砂災害は水理学・土質力学的に大きく3つに分類される(表1)。
表1:雨をきっかけとする土砂災害の3分類とその特徴
3.1. 「素因」と「誘因」の連立方程式
土砂災害がどこで起こるかは、単一の原因で決まるものではなく、複雑な条件が絡み合う「連立方程式」の解として現れる。
これを解き明かすためには、要因を「素因」と「誘因」に切り分けて整理することが不可欠である(表2)。
表2:土砂災害発生における「素因」と「誘因」
特筆すべきは、日本の国土の約7割を占める「森林」の存在である。
森林は、降水を地中に浸透させる機能(素因)を持つと同時に、樹冠による雨の遮断や根系による土壌緊縛効果を持つ。
したがって、森林の管理状態(間伐の有無、樹種、林齢)は、「素因」にも影響を与え、「誘因(地下水圧の上昇)」のプロセスにも深く関与する極めて動的で複雑な変数である。
3.2. 斜面崩壊の力学メカニズム
斜面が安定を保っているか崩壊するかは、力学的な力のバランスによって決定される。
斜面内の任意の土塊には、重力によって斜面下方向へ滑り落ちようとする「せん断力(崩そうとする力)」と、土壌そのものが持つ摩擦や粘着力によって滑りに耐える「せん断抵抗力(斜面を安定させる力)」の2つの相反する力が働いている。
クーロンの破壊基準に基づく土のせん断強さ は、一般に以下の数式でモデル化される。
ここで、 は土の粘着力、 は垂直応力(土の重さによる圧力)、 は内部摩擦角、そして が「間隙水圧(土中の水圧)」である。
大雨によって地中に水が浸透し地下水位が上昇すると、間隙水圧 が増大する。
これにより土粒子間に浮力が働き、有効応力 が低下する。
結果として、踏ん張る力であるせん断抵抗力 が急激に弱まり、斜面下方に引っ張るせん断力がこれを上回った瞬間に斜面は崩壊する。
「傾斜が急(30〜40度)」であり、かつ「土壌層が厚い(重い)」場所ほど、自重によるせん断力 が初期状態から大きいため、間隙水圧の上昇というわずかなトリガーが加わるだけで崩壊の閾値(限界)を突破しやすく、リスクが跳ね上がる。
4. 地質と地下水がもたらす予測の壁:小原村の教訓
土砂災害の発生しやすさは、山体を構成する「地質(岩石)」の違いに極めて強く左右される。
同じ量の雨が降っても、基盤岩の性質によって被害の様相は全く異なる。
そのメカニズムを如実に示したのが、昭和47年(1972年)7月12日から13日にかけて愛知県旧小原村(現・豊田市)周辺を襲った集中豪雨災害の事例である。
この豪雨では、時間最大77mm、総雨量400mmに迫る記録的な降水があり、旧小原村等で土石流や大規模な土砂崩れが多発し、32名もの尊い命が失われた。
特筆すべきは、同地域内における地質の違いによる崩壊密度の圧倒的な差である。
被災地を詳細に調査した結果、5時間で約200mmという同一の降雨を受けたエリアであるにもかかわらず、「花崗岩(かこうがん)」地域の崩壊密度は1平方キロメートルあたり293箇所に達したのに対し、隣接する「閃緑岩(花崗閃緑岩)」地域の崩壊密度はわずか13箇所にとどまり、一桁以上の明白な差異が生じたことが確認されている。
閃緑岩は白黒のゴマ塩のような模様を持ち、花崗岩と肉眼での見た目は酷似しているが、風化の進み方や物理的特性が決定的に異なる。
花崗岩は地表付近で風化が進行すると、「マサ土(真砂土)」と呼ばれる極めて脆い砂状の層になりやすい特性を持つ。
マサ土は粒子間の結合が弱く崩れやすい反面、空隙が大きいため「水を蓄える能力(保水力)」が非常に高い。
つまり、平常時は雨水が効率よく地下へ浸透し、安定した地下水をもたらす豊かな水資源の供給源となる。
しかし、ひとたび集中豪雨に見舞われると、その高い透水性ゆえに雨水が急速に地中へ浸透し、前述の「間隙水圧」を一気に上昇させる。
さらに、花崗岩地域では風化したマサ土の層の下に、硬い未風化岩盤との境界(明瞭な緩み前線)やマイクロシーティング(微小な板状割れ目)が存在することが多く、ここに水が滞留してすべり面を形成する。
結果として、同じような雨が降っても、花崗岩のエリアでは斜面の至る所で表層崩壊が多発するという致命的な特性を持つのである。
水資源としての恩恵と災害発生のリスクは、地質学的に表裏一体の関係にあると言える。
5. 森林のジレンマ:植物の「根」が果たす役割と崩壊の激甚化
日本の平均降水量は年間約1,700mmに達するが、そのすべてが直接川へ流れ込んだり、土壌に浸透したりするわけではない。
水循環のプロセスにおいては、降った雨のうち樹冠(葉や枝)で遮断されて蒸発したり、樹木が根から吸収して蒸散したりする分が年間約800mmを占める。
残りの約900mmが地表面に到達し、土壌に浸透して地下水となり、最終的に河川へと流出する。
このプロセスにおいて、地中へ過剰に浸み込んだ水分が土壌内に滞留することが、斜面崩壊の直接的な引き金となる。
この土壌中において、地表からは見えない「樹木の根」は、斜面を力学的に安定させるための極めて重要な補強材として機能している(表3)。
表3:樹木の根が果たす斜面安定のメカニズム
土砂災害のミクロな予測を困難にしている最大の障壁は、これら根の張り方や強度が、樹種、林齢(成長度合い)、天然林か人工林か、さらには間伐等の維持管理状況といった「生物的要因」によって経年変化し、外部から観測不可能な点にある。
5.1. 1/70スケール模型実験が示す崩壊メカニズム
森林が斜面安定に与える影響を定量化するため、五味高志教授らの研究チームは、実際の山体を崩すことが不可能な代わりに、1/70スケールの斜面模型を用いた精緻な降雨実験を実施した。
樹木に見立てて「豆苗(とうみょう)」を斜面に生育させ、人工降雨を与過して崩壊プロセスを観察する手法である。
生育の早い豆苗の高さ20cmは、1/70スケールの換算で実際の14〜15mの樹木に相当する。
この実験から、以下の重要な知見が得られた。
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崩壊の遅延効果:「植生なし」の斜面が降雨開始後速やかに崩壊したのに対し、「植生あり」の斜面は豆苗の根系ネットワークが土壌を緊縛(ホールド)するため、崩壊に至るまでの時間が明確に長くなった。
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規模とパターンの変化:植物の密度(生え具合)の違いにより、斜面が局所的に崩れるのか、あるいは面全体が一気に崩落するのかという「崩れ方のパターン」に明確な差が生じた。
5.2. 森林のパラドックス(ジレンマ)
一見すると「森林があれば土砂災害に強い」と結論づけられそうだが、この実験は同時に、現代の気候変動下における恐るべきパラドックス(ジレンマ)を浮き彫りにした。
根が土壌を強くホールドし、粘り強く崩壊に耐える期間が延びる分、土壌の中には「限界ギリギリまで膨大な量の水分が溜め込まれる」ことになる。
近年のように線状降水帯などによる長時間の極端な降雨が続き、この根系の補強効果の限界(閾値)を突破してしまった場合どうなるか。
限界を超えて一気に崩壊した土塊は、極限まで水分を抱え込んでいるため「極めて高い流動性(水のようにドロドロと流れやすい泥水状態)」を持つ。
植生がない裸地であれば小雨で小規模に崩れて終わっていた斜面が、森林が存在したためにエネルギーが限界まで蓄積され、崩壊した瞬間に巨大かつ高速の土石流へと変貌するのである。
この高流動性の土石流は、下流の遠方まで一気に押し寄せる「土砂洪水氾濫」の直接的な原因となり得る。
したがって、「どんな木を植えれば絶対に崩れないか」という夢の木を探すことには限界があり、防災機能には自ずと上限があることを理解すべきである。
防災のためには、間伐を適切に行い、日当りを良くして下層植生を育て、根系が健全に張るような「山の継続的な管理」が極めて重要となる。
6. 予測インフラの進化:土壌雨量指数から「危険警報」へ
地下の複雑なメカニズム(素因)をすべて正確に把握してピンポイントで予測することが困難である以上、気象庁は降雨(誘因)が地中に与える影響をマクロに定量化し、広域的な危険度を判定するシステムを構築してきた。
その中核をなすのが「土壌雨量指数」である。
6.1. 土壌雨量指数とスネーク曲線
土壌雨量指数は、降った雨が土の中にどれくらい溜まっているかを示す指標である。
計算には「タンクモデル」と呼ばれる数理モデルが用いられる。
これは、底や側面に水抜きの穴が空いた複数のバケツ(タンク)を縦に並べた構造を想定し、一番上のタンク(地表)に降水が入り、溢れた水が表面流出となり、下のタンクへ浸透した水が中間流出や地下水流出となるプロセスをシミュレーションする仕組みである。
このモデルは、日本全国を一律に5km(現在は高解像度化され概ね1km〜5kmメッシュ相当の流域網)のメッシュに区切り、統一的なパラメータを用いて計算されているため、前述した「地質の違い」や「森林の根の張り方」といった局所的な違いは考慮されていない。
しかし、日本全国における広域的な水分蓄積の推移を相対的に評価し、全体的な危険度を測る目安としては極めて有効である。
この土壌雨量指数を用いた解析において、視覚的に危険度を把握するツールが「スネーク曲線」である。
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横軸:土壌雨量指数(土の中の水分量=長期的・蓄積的な危険度)
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縦軸:60分間雨量(直近の雨の強さ=短期的・突発的な危険度)
この2軸のグラフ上に、時間経過に伴う雨の状況をプロットしていくと、蛇が這うような軌跡を描く。
雨が強く降っている時、軌跡はグラフの右上(危険性が最も高い方向)へと急速に進む。
重要なのは「雨が止んだ時」の挙動である。
雨が止むと、縦軸の60分間雨量はすぐにゼロに近づき、軌跡は下方向へ移動する。
しかし、土の中に浸透した水分(横軸の土壌雨量指数)は排水されるまでに時間がかかるため、すぐには左へ戻らず、右下にとどまりながらゆっくりと左下へ向かって後退していく。
ニュース等で「雨が止んでも土砂災害に警戒を」と呼びかけられるのは、このスネーク曲線の右下への滞留(地中の水分が飽和した状態の継続)という物理現象が根拠となっている。
6.2. 2026年「土砂災害危険警報」への改定とリードタイムの課題
スネーク曲線が、過去の災害発生実績に基づいて地域ごとに設定された「土砂災害発生危険基準線(CL)」に達すると予測された場合、自治体と気象台は共同で警戒情報を発信する。
この防災気象情報の体系が、2026年(令和8年)5月下旬より大幅に改定・再整備される。
これまで「土砂災害警戒情報」と呼ばれていた警戒レベル4相当の情報は、大雨や高潮などの他の災害種別と名称を統一し、直感的な危機感を持たせるため「レベル4土砂災害危険警報」という名称に変更される。
同時に、予測のベースラインも60分雨量と土壌雨量指数の2要素複合基準へと完全に整理された。
この改定には大きな狙いがある。
従来の運用では、広域に対して比較的早い段階でレベル3(高齢者等避難)に相当する情報が出すぎている傾向があり、情報の「空振り」が危機感の麻痺を招く要因となっていた。
新基準では実態に即した妥当性の高い警報発表が可能となり、レベル3相当情報の無用な発出が抑制される。
しかし、予測精度が向上し「的確なタイミング」で情報が出せるようになった反面、新たな社会的課題も生じている。
それは、事態が急変した場合に「レベル3(高齢者等避難)」から「レベル4土砂災害危険警報(避難指示)」へと移行する時間が極端に短くなる、あるいは状況によってはレベル3を飛び越えて一足飛びにレベル4が発令されるケースが増加するという懸念である。
特に、自力での避難が困難であり、移動に時間を要する高齢者や要配慮者にとって、避難行動を完了させるための「リードタイム(猶予時間)」が減少することは致命的である。
気象予測が進化しても、人間が物理的に移動する速度は変わらない。
的確になった情報をトリガーとして、いかに迅速に社会全体が避難行動へ移行できるかが今後の大きな課題である。
7. 視点のスケールを繋ぐ:新たな脅威「土砂洪水氾濫」の実態
ここまでの議論は、山間部のミクロな「斜面」における崩壊メカニズムに焦点を当ててきた。
しかし、土砂災害の恐ろしさは、崩れた土砂がそこで静止するわけではなく、地形(起伏)という器に沿って水とともに集積し、下流域へと移動していく点にある。
斜面のスケールから流域のスケールへと視点を移したとき、近年顕在化しているのが「土砂洪水氾濫(土砂・洪水氾濫)」という複合的な脅威である。
土石流といえば、勾配の急な山間部の渓流を流れ下り、谷の出口である扇状地などで停止するイメージが強い。
しかし、国土交通省の定義によれば、土砂洪水氾濫とは、豪雨により上流域から流出した多量の土砂や流木が、谷出口より下流の緩勾配の河道にまで押し寄せ、そこに厚く堆積することによって河床上昇や河道埋塞を引き起こし、行き場を失った水と泥が堤防や護岸を越えて市街地へ溢れ出す現象を指す。
平成30年(2018年)の西日本豪雨における広島県呉市の事例などでは、上流域の斜面崩壊によって発生したマサ土や流木が、流動性を保ったまま比較的勾配のゆるい下流の市街地中心部まで到達し、都市河川を完全に埋め尽くした。
川が土砂で埋まることにより、後から流れてくる洪水は川を流れることができず、街の道路を新たな川として泥水が濁流となって走り抜け、被害を連鎖的に拡大させた。
地球の長い歴史というマクロな時間軸で見れば、山が崩れ、土砂が河川を通じて運ばれ、平野(堆積平野)を形成していくのはごく自然なプロセスである。
しかし、高度経済成長期以降、私たちは人工的な堤防を築き、本来であれば土石流の出口や氾濫原となるべき山間部や低平地にまで生活圏を劇的に拡大させてきた。
気候変動による極端な降雨の増加と、前述の森林のパラドックスによる高流動化した土石流の発生が相まって、山から流出した土砂が「どこまで到達し、どのような連鎖被害を引き起こすのか」を見極めることが、かつてなく重要になっている。
8. 愛知県弥富市における複合的リスクと広域避難の絶対性
「視点のスケールを繋ぐ」ことの重要性を、具体的な地政学的条件に当てはめて分析する。
対象とする愛知県弥富市は、長野県や岐阜県の急峻な山岳地帯を源流とし、広大な濃尾平野を貫いて伊勢湾へと注ぐ巨大な流域網「木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)」の最下流部に位置している。
8.1. ゼロメートル地帯と天井川の形成
弥富市をはじめとする濃尾平野の低平地は、江戸時代の干拓(輪中)によって形成されてきた歴史を持つ。
さらに、昭和30年代後半から40年代の高度経済成長期にかけて、工業用水や農業用水として地下水の過剰な揚水が行われた結果、著しい地盤沈下が進行した。
各種規制により沈下は概ね沈静化したものの、現在でも市域の大部分が満潮時の平均海面よりも標高が低い「海抜ゼロメートル地帯」となっている(一部ではマイナス3m近い土地も存在する)。
このため、平常時であっても日光川や木曽川などへ水を排出するために、多数の排水機(ポンプ)が稼働し続けている。
この弥富市を水害から守っているのが強固な堤防であるが、ここでも上流域の「地質」という素因が暗い影を落とす。
木曽川の上流域は、季節による寒暖差が激しく風化しやすい「花崗岩」が広く分布する地域である。
第4章で述べたように、花崗岩から生じるマサ土は豪雨時に崩壊しやすく、古来より大量の土砂が木曽川本川へと流入し続けてきた。
上流から絶えず供給される土砂は、下流の平野部で流速が落ちると河床に堆積する。
洪水のたびに川底が高くなる(河床上昇)ため、氾濫を防ぐために人間は堤防を高く嵩上げしてきた。
この土砂の堆積と堤防のかさ上げ競争の果てに、川底の標高が周辺の居住地よりも高い位置にある「天井川」が形成されているのである。
8.2. 上流域の崩壊がもたらす破滅的リスク
木曽川流域で大規模な降雨が発生した場合、花崗岩地帯特有の多発的な斜面崩壊が起き、膨大な土砂と流木が河川に押し寄せる。
この土砂が下流へ到達し、ただでさえ堆積が進む下流域の河道断面をさらに埋塞させれば、急激な河床上昇に伴う「土砂洪水氾濫」の引き金となり、巨大な越水や堤防の破堤を引き起こすリスクが飛躍的に高まる。
万が一、木曽川の堤防が弥富市周辺のゼロメートル地帯で決壊した場合、その被害は局地的な浸水には留まらない。
昭和34年(1959年)の伊勢湾台風時にも記録されているように、ゼロメートル地帯であるため一度浸水すれば自然排水は不可能であり、50日以上にわたって市域の広範囲が水没(湛水)し続けるという破滅的な事態を招く。
さらに、想定される南海トラフ巨大地震などの先行する地震によって地盤の液状化が発生し、堤防が沈下や変形を起こしていれば、そこに雨による増水や土砂の流入が重なることで、被害は次元を超えて拡大する。
8.3. 広域避難(水平避難)の絶対的必要性
このように、上流域(山地)のミクロな土砂動態は、下流域(弥富市)のマクロな生存環境を直接的に脅かしている。
弥富市のようなゼロメートル地帯では、自宅の2階などに逃げる「垂直避難」では、長期間の湛水による孤立や、押し寄せる土砂や濁流の圧力による家屋倒壊の危険から命を守り切ることはできない。
したがって、同市の防災計画においても明確に示されている通り、大規模な出水や氾濫が想定される場合には、市域全体が水没する前に、浸水想定区域外(市外・県外の高台など)へと移動する「事前の広域避難(水平避難)」が絶対的な基本戦略となる。
予測が困難な土砂災害や、突発的な堤防決壊を待つのではなく、スネーク曲線や新たな「レベル4土砂災害危険警報」などの気象情報を最大限のリードタイムとして活用し、交通網が麻痺する前の余裕を持った段階で、広域避難を完了させることが何よりも求められている。
9. 予測の不確実性を補完する社会実装:AI、履歴、そして日常的備え
技術的限界と地中環境の複雑性により、「どの斜面がいつ崩れるか」を物理モデルによって完全に予測することが不可能である以上、社会システムとしてそれを補完するアプローチが不可欠である。
第一に、「過去の災害履歴」を教師データとしたAI(人工知能)技術の活用である。質疑応答(Q&A)でも言及された通り、全国一律の降雨基準やメッシュデータでは捉えきれない局所的なリスクに対し、AIは極めて有効な解決策となり得る。
地形の傾斜、植生状態、地質データに加え、「過去にこの地域でどのような雨の降り方(先行降雨量や雨勢)の時に土砂災害が起きたか」という膨大なローカルデータを機械学習させることで、「この地域にはどのような固有の危険が潜んでいるか」という『地域診断』の精度を持たせることが可能になりつつある。
また、防災科学技術研究所(NIED)などが開発を進める、SNS情報や衛星画像をAIで統合解析するシステム(FASTALERT等)は、事前の予測漏れが発生した場合であっても、発災後2時間以内に被害状況を迅速に把握し、緊急活動を支援する強力なバックアップツールとなる。
第二に、「地震」と「雨」の複合要因に対する理解である。Q&Aで指摘されたように、地震起因の土砂災害は雨起因とはメカニズムが異なるが、これらが複合した場合の予測は最も困難を極める。
地震発生前に降っていた雨(先行降雨)によって土中の水分量が増加している状態で地震動(加速度)が加わると、斜面の強度は著しく低下し、崩壊した土砂は高い流動性を持って長距離を流下する。
予測インフラが対応しきれないこうした複合災害に対しては、制度的な警報だけでなく、地域住民自身の状況判断能力が問われる。
第三に、一般市民レベルにおける「日常的からの備え」の再定義である。クロストークセッションにおいて田代氏が締めくくったように、一般生活者が複雑な地下の雨水浸透プロセスや根系の状態を独自に予測することは不可能である。
だからこそ、行政が発信する新しい「レベル4土砂災害危険警報」やハザードマップを積極的に活用すると同時に、日常的に自らの生活圏を歩き、観察することが重要になる。
「水抜き穴から水が出ていない擁壁はないか」「亀裂が入ったまま放置され、維持管理されていない斜面はないか」「裏山の木々が不自然に傾いていないか」など、身近な微地形の変化や人工物の劣化状態に日常から目を向けておくことこそが、最も確実なリスク管理である。
10. 結論:流域全体の連帯とレジリエンスの構築に向けて
本稿の多角的な分析により、「土砂災害の予測の困難さ」は、気象予測技術の未熟さに起因するものではなく、降った雨が地中に浸透し、地形、地質(花崗岩のマサ土など)、植生(根系のパラドックス)という無数の見えない変数と非線形に交絡することで生じる、物理的な「スケールの壁」に起因することが明らかとなった。
植物の根が斜面崩壊を遅延させつつも、ひとたび限界を突破した際には土石流を高流動化させ、土砂洪水氾濫という激甚な被害をもたらすジレンマは、「山間部の森林管理の放棄」が「下流都市部の壊滅的な水害」に直結することを示唆している。
愛知県弥富市のような、上流域からの土砂による河床上昇と地盤沈下が相まった天井川の下流に位置するゼロメートル地帯が、複合的な水害リスクを軽減するためには、単に自市内の堤防強化や排水機場を維持するだけでは限界がある。
木曽川上流域の花崗岩山地における計画的な砂防事業や、森林の適切な間伐による保水・土砂流出防備機能の維持といった、上流自治体と下流自治体が一体となった「流域治水」の連帯が不可欠である。
私たちは、私たちが立っている平らな土地そのものが、太古から続く山からの土砂供給システムの上に成り立っているという地質学的な事実を謙虚に受け止めなければならない。
進化し続けるマクロな気象予測とスネーク曲線を「広域避難のトリガー」として冷徹に活用しつつ、流域というメゾスケールで上流の山と下流の平野の繋がりを再認識すること。
そして、行政の警報システムと、市民が自らの生活空間の危険性を診断するミクロな「目」を融合させること。これら異なる視点のスケールを統合するアプローチこそが、不確実性を増す土砂災害の脅威から命と社会のレジリエンス(回復力)を守る、最も確実な第一歩となる。
