令和6年能登半島地震におけるRC造建物被害の概要
講演者: 楠 浩一(東京大学地震研究所 教授 / 日本コンクリート工学会) 調査日程: 2024年1月5日〜7日(輪島市を中心に調査)
1. 地震動の特徴と入力エネルギー
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地震の規模: マグニチュード7.6、最大震度7(輪島市などで観測)。
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加速度と周期: 富来(とぎ)観測点では1772 Galという非常に大きな加速度を記録しました。しかし、建物への実質的なダメージ(実効入力)は輪島市の方が大きかったと分析されています。
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建築基準法との比較: 輪島市で観測された地震動(約1.25〜1.3秒の周期)は、建築基準法で想定される「弾性設計(建物が損傷しない前提の設計)」の要求強度と同等、あるいはそれ以上のエネルギーを保ったまま建物に入力されました。実際の建物強度はその半分から3分の1程度であるため、設計の想定を大幅に超える揺れであったことがわかります。
2. 鉄筋コンクリート(RC)造建物の被害状況
今回の地震では、上部構造(建物そのもの)よりも、基礎や杭の破壊に起因する被害が目立ちました。
3. ビル横転・傾斜のメカニズムと杭の設計基準
輪島市の7階建てビルの横転や、他の中層ビルの傾斜は、単に杭が地面から「抜けた」わけではないと推察されています。
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圧縮側からの破壊: 建物が揺れて片側に大きな荷重がかかった際、支えきれなくなった「圧縮側(沈み込む側)」のPC杭が先に破壊されて建物が沈み込み、そのまま回転するように倒壊・傾斜したと考えられます。
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過去の事例: 熊本地震における低層官舎群でも、同様に杭頭がせん断破壊を起こし、建物が沈み込んで傾斜する被害が起きています。
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法規制の歴史: 1981年の新耐震基準導入時でも、杭の損傷に関する明確な基準は曖昧でした。法令で明確に杭の設計(短期許容応力度)が規定されたのは2001年のことです。1972年築の横転ビルは、杭の法規制がない時代の建物でした。
4. 学校施設や木造・地盤の被害
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耐震補強済み校舎のジレンマ: 石川県の学校は耐震補強が進んでおり、上部構造は無事でした。しかし、上部が頑丈になった分、地震のエネルギーが基礎(杭)へ集中し、建物全体が大きく傾斜してしまった3階建て校舎が確認されました。
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木造建物の倒壊: 液状化や細かい砂の噴出が広範囲で発生しました。木造住宅は1階部分が押し潰される被害が多発しています。柱自体は折れていなくても、柱と梁の接合部が破壊され、建物が横にずれるように倒壊する典型的なパターンが見られました。
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金沢市の盛土滑落: 新興住宅地の盛土が円弧滑りを起こし、家屋が流される被害がありました。この際、オプションで「杭基礎」を採用していた家屋は無被害でしたが、杭を打たず「ベタ基礎」のみだった隣接家屋4棟は滑落・横転しました。ここでも杭の有無が明暗を分けました。
5. 優れた耐震性を示した構造
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免震構造(七尾市の病院): 2013年築の免震棟は、激しい液状化地域にありながら無被害でした。旧基準の耐震補強棟も、異なる建物同士を繋ぐエキスパンションジョイント部に想定内の損傷があった程度で、致命的な被害は免れました。
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壁式構造: 柱や梁を使わず、鉄筋コンクリートの「壁」で建物を支える壁式構造のマンション等は、過去の地震と同様に今回も目立った被害が確認されず、非常に高い耐震性能が証明されました。
総括: 今回の地震における建築被害は、建物の構造そのものだけでなく「地盤と基礎(杭)の性能」が建物の運命を大きく分ける結果となりました。今後、日本建築学会や国土交通省による本格的な組織的調査と分析が進められる予定です。
令和6年能登半島地震における鉄筋コンクリート造建物被害の包括的分析:地盤・基礎構造へのエネルギー集中と倒壊メカニズム
1. 序論:能登半島地震における建築構造被害のパラダイムシフト
2024年(令和6年)1月1日16時10分に発生した令和6年能登半島地震(マグニチュード7.6、最大震度7)は、石川県能登地方を中心に甚大な被害をもたらした。
本報告は、東京大学地震研究所の楠浩一教授(日本コンクリート工学会)を中心とする調査団が同年1月5日から7日にかけて輪島市等で実施した現地調査の知見、および建築研究所や日本建築学会等の詳細な分析データを統合し、鉄筋コンクリート(RC)造建物の被害メカニズムを網羅的かつ多角的に分析したものである。
今回の地震におけるRC造建物の被害様相は、従来の地震被害の常識を覆す極めて特異な傾向を示している。
1981年(昭和56年)の新耐震基準導入以降、日本の耐震工学は主に「上部構造(地上に露出している建物本体)の強度と靭性の向上」に注力してきた。
しかし、輪島市を中心とする被災地においては、上部構造そのものが地震動の慣性力によって大きく破壊された事例よりも、地中にある「杭」や「基礎」、およびそれを支える「地盤」の破壊・変状に起因して、建物全体が傾斜あるいは完全転倒に至るケースが極めて多発した。
この事実は、現代の耐震設計および既存建物の耐震補強戦略に対して極めて重い課題を突きつけている。
本報告では、地震動の特性から始まり、特筆すべき横転事例である7階建てビルの倒壊メカニズム、耐震補強済み学校施設が陥った構造的ジレンマ、地盤変状と基礎形式の相関、そして優れた耐震・免震性能を証明した最新事例に至るまでを徹底的に解明し、今後の建築構造設計が向かうべき新たなシステム最適化の方向性を提示する。
2. 地震動の特徴と構造物への入力エネルギーの極大化
建築物の被害メカニズムを紐解くためには、まず入力された地震動の物理的性質を定量的に把握し、それが構造物にどのような応答を引き起こしたかを理解する必要がある。
2.1 最大加速度(Gal)と実効入力エネルギーの乖離
本地震では、志賀町富来(とぎ)観測点において1772 Galという極めて巨大な最大加速度が記録された。
一般に、重力加速度(約980 Gal)を大幅に超える地震動は建物に甚大な被害を与えると直感されがちである。
しかし、構造工学的な観点からは、単なる瞬間的な最大加速度の数値と、建物に対する「実質的な破壊力(実効入力エネルギー)」は必ずしも一致しない。
実際の建物被害状況を観察すると、1772 Galを記録した富来周辺よりも、最大加速度では劣る輪島市において深刻な構造被害が集中していることが判明している。
これは、地震動の「周期特性」と建物の「固有周期」の共振現象が深く関与しているためである。
短周期で極めて高い加速度を持つ地震動は、剛性の高い低層の無筋構造物などには打撃を与えるが、RC造の中層建物にはエネルギーが伝達されにくい。
一方、輪島市を襲った地震動は、建物を大きく揺らすための実効的なエネルギーを内包していた。
構造物にはそれぞれ1往復揺れるのにかかる時間である固有周期が存在し、一般に高層建築になるほど固有周期は長くなり、10階建てで0.5秒から1.0秒程度となる。
2.2 建築基準法を凌駕する弾性設計要求スペクトル
国土交通省国土技術政策総合研究所および建築研究所の分析によれば、輪島市等で観測された地震動の応答スペクトルは、およそ1.25秒から1.3秒の周期帯において極めて大きなエネルギーが卓越していたことが確認された。
この周期帯は、中層から高層(およそ10階建て前後)、あるいは初期の揺れで損傷して剛性が低下(固有周期が長期化)した中低層のRC造建物の固有周期と完全に合致する。
| 指標 | 建築基準法の規定(大地震時) | 輪島市における観測記録の特性 | 構造物への影響推測 |
|---|---|---|---|
| 設計想定 | 極めて稀な地震に対し、塑性変形を許容して倒壊を防ぐ(保有水平耐力計算) |
基準法に定める設計用地震動応答スペクトルを大幅に上回る |
想定を遥かに超える巨大な層せん断力と転倒モーメントの発生 |
| 卓越周期 | 地盤種別に応じた標準的なスペクトル形状 | 約1.25秒〜1.3秒の周期帯にエネルギーが集中 | 中層RC造建物(または剛性低下後の建物)との強烈な共振現象の発生 |
| 要求強度 | 弾性限界(無損傷)の強度は、設計想定の1/3〜1/2程度 | 「弾性設計」の要求強度と同等かそれ以上のエネルギーを保持 | 激しい非線形応答(塑性変形)の強制、または脆弱部(基礎・杭)への応力集中 |
現行の建築基準法では、稀に発生する中地震に対しては建物が損傷しない「弾性設計」を求め、極めて稀に発生する大地震に対しては、ある程度の塑性変形(損傷)を許容しつつ倒壊を防ぐ設計を要求している。
しかし、輪島市で観測された地震動は、現行基準が求める「弾性設計(建物が無傷で耐えうる限界)」の要求強度と同等、あるいはそれを凌駕するエネルギーを保ったまま建物に入力された。
実際の建物の弾性限界強度は、設計想定の3分の1から半分程度に留まることが多いため、設計の想定を大幅に超える激しい揺れであったことが証明されている。
この莫大な入力エネルギーの逃げ場が、結果として地盤や基礎へと向かうこととなった。
3. 鉄筋コンクリート(RC)造建物の被害様相と分類
楠教授らによる輪島市中心部のRC造建物の調査結果から、被害は大きく「上部構造の旧基準に起因する脆弱な破壊」と「地盤・基礎の変状に起因する建物の傾斜・転倒」の2つに大別される。
| 建物種別・階数 | 基礎・地盤状況 | 被害の特徴と原因推測 | 参照 |
|---|---|---|---|
| 低層RC造(2階・3階建) | 特段の地盤沈下なし | 振動による柱のせん断破壊(斜めのひび割れ)。旧基準の「丸鋼(表面がツルツルの鉄筋)」が主筋に使用され、帯筋の間隔も広かったための靭性不足。 | |
| 中層RC造ビル・公営住宅(5〜7階建) | 軟弱地盤・川沿い等 | 川側への傾斜や沈み込みが多数確認。上部構造自体の層崩壊はなく、地盤変状による不同沈下・杭の支持力低下が原因。 | |
| RC造7階建ビル(1972年築) | 極めて軟弱な粘土地盤 | 根元から東側へ完全に横転し、隣接する木造家屋を押し潰す。中空のPC杭(プレキャストコンクリート杭)の圧縮破壊による支持力喪失。 | [cite: 1, 5, 6] |
| 県土木事務所(RC造5階建) | 周辺地盤が約30cm沈下 | 建物周辺の地盤が大きく沈下しブロック塀等が倒壊したものの、杭が強固であったため建物自体は無被害。基礎性能が明暗を分けた典型例。 |
3.1 上部構造の旧基準に起因する脆性破壊
低層のRC造建物(2階建てや3階建ての事例)においては、建物の重量を限られた柱で支えるピロティ構造などの部分に層せん断力が集中し、典型的なせん断破壊が観察された。
破壊された柱の断面を調査すると、コンクリートとの付着強度が低い旧基準の「丸鋼(表面に異形リブがないツルツルの鉄筋)」が使用されており、せん断破壊を防ぐための「帯筋(フープ筋)」の間隔も極めて粗かったことが確認されている。
これは1981年以前の旧耐震基準時代の典型的な配筋仕様であり、強大な地震動のエネルギーを塑性変形(靭性)で吸収できず、耐力を急激に喪失する脆性的なせん断破壊に至ったものである。
3.2 基礎・地盤に起因する傾斜被害の多発
一方で、5階から7階建ての複数の中層RC造建物においては、川側などの軟弱地盤側へ向かっての傾斜(沈み込み)が多数確認された。
これらの建物の上部構造には、傾斜による強制変形に伴う耐震壁のせん断ひび割れは見られるものの、地震動の慣性力そのものによる致命的な崩壊(各階が押し潰されるような層崩壊)は発生していない。
これは、地震の強烈な揺れによって地盤が液状化、あるいは側方流動や圧密沈下を起こし、基礎を支える支持力が局所的に失われた結果である。
特に注目すべきは、5階建ての県土木事務所等の事例である。
この建物では、周辺の地盤が約30cm(別の調査地点では13cm等の沈下報告も含む)という規模で大きく沈下し、敷地境界のブロック塀が倒壊するほどの激しい地盤変状に見舞われた。
しかしながら、多数の杭が地盤深くの支持層までしっかりと到達し、その構造的完全性を維持していたため、建物自体には傾斜も損傷も発生しなかった。
この対比は、軟弱地盤における「杭の性能と設計」が、上部構造の生死を分ける絶対的な因子であることを如実に示している。
4. 中高層RC造ビルの完全横転メカニズムと法規制のタイムラグ
本地震において最も象徴的かつ衝撃的であった被害は、輪島市中心部にある1972年竣工のRC造7階建てビル(五島屋ビル)が、根元から東側へ完全に横転し、隣接する木造家屋を押し潰して尊い人命が失われた事例である。
地下室を持たないこの建物の倒壊プロセスを、地盤工学および構造動力学の観点から詳細に解剖することは、今後の都市防災において極めて重要である。
4.1 軟弱地盤と旧式PC杭の限界
当該ビルの敷地は、地表から深さ約18mまでN値3〜4という極めて軟弱な粘土層が続き、杭が支持層に達するためには深さ30m付近の強固な粘土層まで打ち込む必要がある、非常に厳しい地盤条件であった。
この地盤に対し、当時は一般的であった中空の「PC杭(プレキャストコンクリート杭、直径35cm)」が使用されていた。
4.2 ロッキング振動と圧縮側杭の圧壊(倒壊のトリガー)
建物の横転は、単に地盤が液状化して杭が「スポンと抜けた」ことによるものではない。楠教授や基礎構造研究会の分析によれば、倒壊の引き金は「圧縮側からの破壊」である。
地震時、アスペクト比(高さと幅の比)が高い中高層建物は、水平方向に揺れるだけでなく、振り子のように建物全体が回転しようとする「ロッキング振動」を引き起こす。
このロッキング挙動が発生すると、建物の基礎(杭)には、建物の自重に加えて、揺れのたびに極めて巨大な「変動軸力(引張力と圧縮力の繰り返し)」が作用する。
建物が片側(東側)に大きく傾いた瞬間、支えきれなくなった「圧縮側(沈み込む側)」のPC杭に、支持能力を遥かに超える莫大な圧縮力とせん断力が同時に加わった。
現地調査において、東側の地表面で確認された杭頭は西側に約30度傾斜しており、杭の中空部にメジャーを挿入したところ深さ1.1m付近で止まったことが報告されている。
これは、浅い深度で杭が完全に圧壊(原型をとどめないほどの破壊)し、断面欠損が致命的なレベルに達していたことを示唆している。
4.3 構造的一体性の喪失と重心の逸脱
杭が破壊されて支持力を失った後、建物は事実上の「直接基礎(杭なしで地面に乗っているだけの状態)」へと移行した。
しかし、直下の地盤は軟弱な粘土層であり、7階建ての重厚なRC造建物を支える地耐力は皆無であった。
さらに、この建物の1階床は基礎梁と一体化した強固なスラブではなく「土間コンクリート」であったため、基礎全体で建物を支える一体性が崩壊し、柱の下にある各パイルキャップがバラバラに変位し始めた。
結果として、圧縮側(東側)の基礎は軟弱地盤の中へと最大3.5m〜3.7mという驚異的な深さまでめり込んだ。
この大沈下によって建物の重心が基礎の底面の外側へと完全に飛び出し、重力による転倒モーメントが復元力を超過したことで、そのまま回転するように完全横転へと至ったのである。
転倒の最終段階において、浮き上がる側(西側・引抜き側)の杭はパイルキャップから分離、あるいは杭頭部で破断して引き抜かれた。
4.4 過去の教訓と法規制のタイムラグが残した負の遺産
このような杭頭の破壊に起因する建物の傾斜・転倒は、決して前例のない現象ではない。
1964年の新潟地震や1985年のメキシコ地震におけるビルの転倒とメカニズム的に類似しているだけでなく、近年では2016年の熊本地震において、宇土市役所や益城町の低層官舎群(RC造4階建てなど)において、同様に杭頭部がせん断破壊を起こし、建物が沈み込んで傾斜する被害が確認されている。
ここで問題となるのは、建築基準法の歴史的変遷である。
1981年に導入された新耐震基準は上部構造の耐震性向上には多大な貢献をしたが、実はその時点でも「杭の損傷」に関する明確な法規制や設計基準は曖昧なままであった。
法令として明確に杭の設計(短期許容応力度設計など)が規定されたのは、実に2001年(平成13年)の国土交通省告示まで待たねばならなかったのである。
1972年築の横転ビルは、杭に対する厳格な法規制が存在しない時代に設計・施工された建物であり、この「法規制のタイムラグ」が、全国に多数現存する1970年代から90年代の既存中高層ビルに、目に見えない構造的アキレス腱として潜んでいる可能性が高い。
5. 学校施設における耐震補強の致命的ジレンマ
五島屋ビルの横転と同様に、今後の日本の耐震政策の根幹を揺るがす重大なパラドックスが、輪島市内の学校施設(市立小学校など)の被害調査から浮き彫りとなった。
5.1 上部構造の剛性向上とエネルギーの基礎への集中
石川県内の学校施設は、2007年の能登半島地震などの教訓を生かし、近年急速に耐震補強工事が進められていた。
輪島市内のRC造3階建て校舎においても、外部に「枠付き鉄骨ブレース」を取り付けたり、耐震壁を増設したりといった大規模な補強が施されていた。
2007年の地震(輪島市では震度6弱〜6強)の際、これらの校舎は未補強の状態であったが、幸いにも無被害または軽微な被害にとどまっていた。
その後、上述の耐震補強が行われ、2024年の本地震(震度6強)を迎えた。
結果として、鉄骨ブレースで補強された上部構造自体は倒壊や大破を免れ、内部空間を保持するという一次的な目的は果たされた。
しかし、深刻な破壊は地下で進行していた。耐震補強工事によって上部構造が極めて強固(高剛性)になった結果、地震動のエネルギーが上部構造の変形によって吸収されず、その巨大な慣性力(ベースシアーと転倒モーメント)が、そのままダイレクトに基礎および杭へと伝達・集中したのである。
5.2 基礎の大破と建物の使用不能化
この過酷な応力集中に耐えきれず、補強の手が及んでいなかった基礎・杭構造が大破した。
上部構造が無事であるにもかかわらず、建物全体は南向きに30/1000(約3%)という顕著な傾斜を生じ、周辺地盤の変状やエキスパンションジョイントの激しい損傷を伴って、事実上「使用不能」となり、最終的に解体を余儀なくされる事態となった。
この事例が示唆する「耐震補強のジレンマ」は極めて深い。
耐震診断に基づき、評点(Is値)を上げるために上部構造にブレースや耐震壁を増設する従来型の補強手法は、建物を「硬く」する。建物が硬くなれば、揺れの加速度応答は増幅し、基礎にかかる負担は飛躍的に増大する。
上部構造のみを対象とした部分最適化が、かえってシステム全体のバランスを崩し、基礎の致命的な破壊を誘発するという皮肉な結果である。
輪島市庁舎(耐震補強済み)においても、外観上は無被害に見えながら、独自の掘削調査で杭頭部の損傷が確認された事例が報告されており、外見からは判断できない「地下の被害」が全国の補強済み施設に潜在していることが危惧される。
6. 木造建物の倒壊パターンと地盤変状における基礎の明暗
地震動そのものだけでなく、それに伴う地盤の二次的な挙動(液状化、滑動)も建物の運命を大きく左右した。
6.1 木造住宅の典型的な横ずれ倒壊
沿岸部や河川周辺の軟弱地盤地域では、液状化や細かい砂の噴出(噴砂)が広範囲で発生した。
このような地盤上で、古い木造住宅の多くが倒壊の憂き目に遭っている。
特に目立ったのは、1階部分が完全に押し潰されるパンケーキ型の倒壊である。
楠教授らの報告によれば、この倒壊パターンには明確な特徴があった。地震の強烈な水平力に対し、木造の柱自体がポッキリと折れて破壊されたわけではなく、柱と梁を繋ぐ「接合部(仕口や継手)」が破壊され、骨組みが拘束を失って建物全体が横にずれるように崩れ落ちる典型的なパターンが多発していたのである。
これは、接合部の金物補強が義務化される前の旧基準木造建築における致命的な弱点を改めて浮き彫りにした。
6.2 金沢市の盛土滑落と基礎形式(杭基礎 vs ベタ基礎)
地盤と基礎の相互作用を如実に物語るもう一つの事例が、金沢市内の丘陵地に造成された新興住宅地における盛土の崩落被害である。
この地域では、地震動によって新興住宅地の盛土部分が典型的な「円弧滑り」を起こし、土砂とともに家屋が流出・滑落する被害が発生した。
ここで特筆すべきは、同じ滑落した盛土地盤上にありながら、基礎形式の違いによって被害に決定的な明暗が分かれた点である。
ヒアリングと調査によれば、地盤改良のオプションとして地中深くまで届く「杭基礎」を採用していた家屋は、周辺の地盤が30cm以上も滑落・沈下し、多数の杭が空中にむき出しになる状態になっても、上部の建物自体は無被害で自立し、傾斜すら免れていた。
一方で、杭を打たずに一般的な「ベタ基礎」のみで建設されていた隣接家屋4棟は、地盤の滑動とともに支持を完全に失い、土砂とともに無惨に滑落・横転してしまったのである。
ベタ基礎は建物の荷重を底面全体で均等に分散させるため、平坦な地盤の不等沈下には極めて有効であるが、斜面地における大規模な地盤の流動や滑落に対しては摩擦力しか期待できず、無力である。
基礎杭が不動の支持層まで到達していれば、表層土が流出してもアンカーとして機能し、建物の流出を防ぐことができるという物理的真理が実証された極めて重要な事例である。
7. 極限状況下で優れた耐震・免震性能を証明した構造システム
甚大な被害が報告される一方で、最新の構造工学の知見を結集した建物が、その高い性能を遺憾なく発揮し、災害時の拠点としての役割を完遂した希望の事例も存在する。
7.1 「能登の奇跡」:恵寿総合病院の免震構造と格子状地盤改良
七尾市にある民間の「恵寿総合病院」は、海に接する臨海立地であり、周辺では液状化による激しい噴砂や地盤変状が発生し、公立災害拠点病院でさえ機能不全に陥る過酷な環境下にあった。
しかし、2013年に竣工したRC造6階建ての本館(免震棟)は、建物の機能的損傷を完全に免れ、発災直後からフル稼働で医療活動を継続した。
この病院が国会等でも「能登の奇跡」と称賛されるほどのパフォーマンスを発揮した背景には、上部構造と地盤の両面における極めて高度なエンジニアリングが存在する。
第一に、地盤の液状化対策として、単なる直接基礎ではなく「格子状の深層地盤改良(設計基準強度2000kN/m2の固化材を使用)」が敷地全体に施されていたことである。
これにより、周囲の軟弱地盤が液状化して泥海と化す中でも、建物直下の支持地盤のせん断変形が抑止され、盤石な安定性が確保された。
第二に、免震構造の採用である。
激しい地震動のエネルギーは免震層の積層ゴムやダンパーによって吸収され、上部構造には緩やかな揺れしか伝達されなかった。
病院の廊下に設置されたケガキ板には、地震時に免震層が東西南北に大きく変位して揺れを見事に逃がした軌跡が明確に記録されている。
発災直後、エレベーター等のインフラが一時停止する事態はあったものの、免震棟は構造的ダメージゼロの状態を維持し、職員が階段を利用して被災した旧基準の耐震病棟から113名の患者を安全な免震棟へ移動させることに成功した。
また、病院独自の水源を市水から井水(地下水)に切り替えることで、透析や手術機能をも維持し続けた。
さらに、免震棟とその他の棟を繋ぐエキスパンションジョイントは、異なる建物同士の相対変位を吸収するために意図的に損傷・破断するように設計されており、想定通りの挙動を示したことで建物本体への悪影響を完全に遮断した。
7.2 壁式鉄筋コンクリート造の高い冗長性
W-3で確認されたような、柱や梁を持たず鉄筋コンクリートの「耐震壁」だけで構成される壁式構造(主に5階建て以下のマンションや公営住宅)も、極めて高い耐震性能を示した。
壁式構造は、構造全体が面で構成されているため剛性が極めて高く、地震時の変形が非常に小さい。
地盤の沈下による建物の「傾斜」は発生したものの、過去の阪神・淡路大震災等と同様に、今回も上部構造自体にひび割れや層崩壊といった致命的被害はほとんど見られなかった。
剛性の高さと荷重伝達経路の多さ(冗長性)が、極限状態における建物の保全に大きく寄与していることが改めて証明された。
8. 総括と今後の建築構造設計への提言
令和6年能登半島地震におけるRC造建物の被害分析を通じ、日本の耐震工学が直面している新たな課題と、向かうべきパラダイムシフトの方向性が明確になった。
今回の地震における建築被害は、建物の構造そのものだけでなく、「地盤と基礎(杭)の性能」が建物の運命を大きく分ける結果となった。本報告の総括として、以下の三点を強く提言する。
上部構造中心主義からの脱却と「地盤・基礎・上部構造の連成解析」の標準化
五島屋ビルの完全横転は、大振幅のロッキング振動に伴う杭頭部の圧縮・せん断破壊と、1階スラブの非一体性がもたらした連鎖的崩壊である。
現行の設計実務において散見される「上部構造の設計」と「基礎・地盤の設計」の分断を廃し、地震時の動的な地盤-構造物相互作用(Soil-Structure Interaction: SSI)を考慮した一体的な連成解析を、中高層建築物の設計プロセスにおいて標準化すべきである。
杭が受ける変動軸力の正確な評価と、それに耐えうる配筋詳細(帯筋の密配など)の設計が不可欠である。
既存補強建物の「基礎・杭」に関する緊急再評価と総合的補強への転換
輪島市内の学校施設が示したジレンマは、上部構造の耐震補強(剛性強化)が、結果として杭基礎への応力集中を招き、建物の使用不能を引き起こすという残酷な現実である。
日本全国に存在する「上部構造のみ耐震補強済み」の中高層RC造建築物(特に2001年の杭設計基準明確化以前に建設されたもの)に対し、増大したベースシアーと転倒モーメントに対して既存の杭基礎が耐えうるかどうかの緊急の再評価を行う必要がある。
補強効果を真に発揮させるためには、地盤改良や増杭、あるいは上部構造をあえて柔らかくしてエネルギーを逃がす制振補強など、全体最適を見据えた総合的な補強策が求められる。
レジリエンス(回復力)を担保する免震・制振・地盤改良技術の普及推進
恵寿総合病院の免震構造と格子状地盤改良の成功事例は、極限の自然災害下においても社会機能(医療・行政・避難所)を維持し続けるための具体的な解を示している。
人命保護(倒壊防止)を最低ラインとする従来の「耐震設計(塑性設計)」から一歩踏み出し、建物の機能継続性(Business Continuity)を強固に担保するための「免震構造」および「液状化対策としての積極的な地盤改良」の採用を、防災拠点施設や重要インフラに対して強く推奨する制度設計が急務である。
能登半島地震の被害調査から得られたこれら数多くの教訓は、今後、日本建築学会や国土交通省等によるさらなる詳細な組織的調査・分析を経て、次世代の建築基準法改定や耐震設計指針のアップデートへと確実に還元されなければならない。
地下の不可視な領域(基礎と地盤)の挙動に対する謙虚な理解と工学的制御こそが、真の耐震安全性を確立するための絶対条件である。
