サマリー:愛知県弥富市北部における内水排除システムの脆弱性と次世代情報共有システムの構築
1. 研究の背景と目的
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海抜ゼロメートル地帯の宿命: 愛知県弥富市北部の宝川水系(筏川以北)は、降雨や生活・農業排水を自然の重力で海へ流すことができない特殊かつ過酷な水理条件にあります。
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人工排水への完全依存: 地域の安全は、孫宝排水土地改良区が管理する強力な排水機場(新孫宝・孫宝第2)から日光川へ水を汲み出し、最終的に伊勢湾へ排出するという人為的なインフラに完全に依存しています。
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研究目的: 現行システムの構造的・運用的な脆弱性を浮き彫りにし、現在ブラックボックス化している「ポンプ稼働情報」の非対称性を打破するための「次世代型排水機運用情報可視化システム」の構築を提案しています。
2. 現行システムが抱える4つの脆弱性
4台のポンプで毎秒47.8立方メートルという強大な排水能力(小中学校のプールを数秒で空にする規模)を誇るものの、以下の致命的なリスクを内包しています。
3. 情報のブラックボックス化(現状の限界)
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住民の視点: 現在のインターネット(国や県の防災サイト等)では、宝川のリアルタイム水位や孫宝排水機場の稼働状況は一切公開されておらず、身の回りの危険度を直接調べる手段がありません。
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行政の視点: 弥富市役所も、別組織である土地改良区に対して電話や無線でのアナログな聞き取りに依存しており、クラウド等での瞬時な俯瞰ができていません。
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もたらされる危機: この情報の非対称性により、住民の「ポンプが動いているはず」という正常性バイアスによる避難遅れや、行政の避難指示タイミングの判断ミスといった深刻な防災上の危機が誘発されます。
4. 解決策:次世代型排水機運用情報可視化システムの提案
現状の「調べられないシステム」を脱却するため、IoTとクラウドを駆使した「統合排水オープンデータプラットフォーム」の構築を提案しています。
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エッジ(センシング)層の後付け: 既存設備に非接触式水位計、ポンプ稼働センサー、停電検知センサー、AIによる除塵機ゴミ堆積監視カメラなどをレトロフィット(後付け)してデータ化します。
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耐災害性ネットワークの構築: 主回線(LTE/5G)に加え、独立電源で稼働するバックアップ回線(LPWA)を構築し、災害時でも最低限の生存データ(水位・ポンプON/OFF)を送信し続ける冗長設計とします。
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住民向けパブリックアプリ: スマートフォン等で直感的に把握できるよう、安全度を色分けした「シグナル表示」や、停電による「能力低下の警告」をダイレクトに配信し、早期避難を促します。
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行政向けダッシュボード: 水位予測シミュレーションや、日光川水閘門など広域インフラとのデータAPI連携を備え、データ駆動型のプロアクティブな危機管理を支援します。
5. 結論と実装に向けた課題
海抜ゼロメートル地帯において、ハードウェア(コンクリートや巨大ポンプ)の際限のない増強には限界があります。今後は既存施設の能力をデジタル技術で完全に可視化し、「情報の透明化」というソフト面で治水戦略を補完するパラダイムシフトが不可欠です。
実装に向けては、組織間の法的責任の整理(データ公開に伴う免責事項と住民リテラシーの向上)を行い、国庫補助金や企業版ふるさと納税などを活用した財源確保を、基礎自治体である弥富市が主導していくべきであると結論付けています。
愛知県弥富市北部における内水排除システム(孫宝・日光川水系)の構造的脆弱性と次世代運用情報共有システムの構築に関する包括的研究
1. 序論および地理的水理的背景と本研究の目的
愛知県西部に位置する海部・津島地域、とりわけ弥富市の筏川以北のエリアは、日本の代表的な海抜ゼロメートル地帯として広く認知されている。
この地域は、地盤高が平均海面や周辺の河川水位よりも恒常的に低く、降雨や生活排水、さらには広大な農地からの農業排水といった内水が、自然の重力に従って海域(伊勢湾等)へと流下することが物理的に不可能であるという、極めて特殊かつ過酷な水理的条件を抱えている。
このため、地域の治水および排水システムの維持・管理は、単なるインフラストラクチャーの運用という枠組みを超え、地域住民の生命、財産、そして地域経済の存続そのものに直結する死活問題となっている。
弥富市北部から愛西市にかけて広がる「宝川水系」は、約2,100ヘクタールにも及ぶ広大な農地および宅地等の排水を担う極めて重要な集水域である。
この閉鎖的な地形空間に降った雨水は、宝川を通じて集水され、最終的には孫宝排水土地改良区(本所所在地:愛知県弥富市四郎兵衛2丁目88、電話番号:0567-52-0034等)が管理・運営する強力な排水機場群によって、強制的に日光川へと汲み出されるメカニズムとなっている。
そして、孫宝排水機場から吐出された内水は日光川を経由し、最終的に愛知県が管理する日光川水閘門を通じて伊勢湾へと排出される。
この一連の多段階的かつ人工的な水循環システムが、地域の安全を担保する唯一の物理的防壁として機能している。
しかしながら、このような人為的な強制排水システムに対する依存度の高さは、システムの一部が機能不全に陥った際に、連鎖的かつ壊滅的な被害をもたらすリスクと表裏一体である。
気候変動に伴い「線状降水帯」による局地的な激甚降雨が頻発し、従来の計画規模を凌駕する外力が常態化しつつある現代において、既存のインフラが持つ物理的限界や運用上の脆弱性が急速に浮き彫りになりつつある。
さらに、危機管理の観点から見ると、地域住民や地元自治体(弥富市役所等)がリアルタイムでこれら中核的排水システムの稼働状況を把握し、的確な事前避難行動や災害対応の意思決定に繋げるための情報通信基盤の整備において、看過できない重大な課題が存在している。
本研究は、弥富市の筏川以北の安全の根幹を支える孫宝排水土地改良区および日光川水系の内水排除システムの実態を精緻に分析し、その構造的、機械的、および運用上の脆弱性を多角的に浮き彫りにする。
その上で、住民個人の視点、ならびに弥富市役所という基礎自治体の視点から、現行のインターネット環境において排水機の運用情報をいかにして調べるか、その方法と現状の限界(情報のブラックボックス化)を検証する。
最終的に、現状のシステムでは必要な運用情報が取得不可能であるという課題設定に基づき、この致命的な情報の非対称性を打破するための「次世代型排水機運用情報可視化システム(統合排水オープンデータプラットフォーム)」の構築要件、アーキテクチャ、および実装に向けた政策的提言を包括的に論じるものである。
2. 弥富市筏川以北の地勢的背景と宝川・日光川水系の水理構造
2.1 干拓地としての歴史的経緯と海抜ゼロメートル地帯の宿命
弥富市の南部から西部に広がる地域、特に孫宝排水土地改良区が位置する四郎兵衛地区(愛知県弥富市四郎兵衛2丁目および3丁目周辺)は、江戸時代末期以降に伊勢湾の遠浅な海域を干拓することによって人工的に拓かれた土地である。
干拓事業によって陸地化されたこれらのエリアは、本来海であった場所を堤防で囲い込み、内部の水を排出したことによって形成されているため、必然的に海抜0メートル以下の低地となる。
加えて、高度経済成長期における地下水の過剰揚水等に伴う広域地盤沈下の影響も受け、地形的な盆地構造はより一層深刻化している。
このような地勢的背景を持つ同地域では、大地震に伴う津波が発生した場合、地域周辺に自然の高台や堅牢で高い建造物が存在しないという致命的な地理的弱点を抱えている。
したがって、水害対策は単に降雨を海へ流すだけでなく、外水(海からの高潮や津波、大河川からの越水)の侵入を強固な堤防で防ぎつつ、内水(降雨)を巨大なポンプで壁の外へ汲み出すという、恒常的なエネルギー消費を伴う人為的コントロールに完全に依存している。
2.2 日光川水系の広域インフラとの連動性
孫宝排水土地改良区が管轄する宝川は、それ単独で海に注いでいるわけではない。弥富市および愛西市に広がる約2,100ヘクタールの流域面積から集められた内水は、孫宝の排水機場群を通じて二級河川である「日光川」へと吐出される。
この日光川自体もまた、愛知県内で最大規模の海抜ゼロメートル地帯を貫流する河川であり、愛知県海部建設事務所による極めて厳密な水位管理の下に置かれている。
日光川の河口部には、伊勢湾台風(昭和34年)の甚大な災害復旧事業を契機として昭和37年に竣工した旧・日光川水閘門が存在していたが、建設後50年以上が経過し老朽化が著しく進行したため、愛知県による大規模な改築事業が実施された。
有識者による技術検討委員会を経て、100年間使用可能な施設を目指し、大規模地震への対応、海面上昇および広域地盤沈下を考慮した構造(U型独立形式の鋼殻構造、あらかじめ高く設計された門柱等)が採用され、平成30年(2018年)3月に新たな日光川水閘門が完成している。
愛知県海部建設事務所(排水機場管理課)は、365日24時間体制で流域内の降雨量や河川水位、各ポンプ場の運転状態を監視し、台風や高潮等の異常が想定される場合には、事前に市町村等と連携して河川水位を強制的に低下させる運用を行っている。
さらに、愛知県が策定した「日光川水系河川整備計画」においては、日光川排水機場等の耐震照査および必要な耐震対策が進められており、広域的な水害防備体制が構築されている。
弥富市筏川以北の排水システムは、孫宝排水機場が正常に稼働することに加え、その受け皿となる日光川の水位が愛知県の管理によって適切に低く保たれ、最終的に日光川水閘門が伊勢湾へと水を確実に排出するという、複数機関にまたがるインフラの完全な連動性が担保されて初めて機能する。
どれか一つのピースが欠落すれば、瞬く間に地域全体が水没する危険性を孕んでいるのである。
3. 孫宝土地改良区による内水排除システムの全容と運用実態
3.1 新孫宝排水機場および孫宝第2排水機場の設備諸元と排水能力
弥富市における内水排除の最前線であり、最大の要衝となっているのが、孫宝排水土地改良区が管理する「新孫宝排水機場」および「孫宝第2排水機場」である。
これらの施設は、弥富市四郎兵衛3丁目および近隣に位置し、農地だけでなく、急速に都市化が進む宅地や工業・商業施設など、地域全体のあらゆる内水を一箇所だけで担うという極めて重要な社会的責務を負っている。
両排水機場に設置されている排水ポンプの能力は、日本の地方自治体レベルの施設としては屈指の規模を誇る。
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新孫宝排水機場: 口径2,400ミリメートルという巨大な排水ポンプが2台設置されており、1台あたりの排水能力は毎秒14.0立方メートルに達する。
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孫宝第2排水機場: 口径2,000ミリメートルの排水ポンプが2台設置され、1台あたりの排水能力は毎秒9.9立方メートルである。この施設は平成5年(1993年)から長らく地域の排水を担ってきたが、稼働に伴う経年劣化・老朽化が進行したため、平成30年度から令和2年度(2018年〜2020年)にかけて県営事業による大規模な整備工事が実施された。この抜本的な改修により、設置当時の設計排水能力まで機能が完全回復している。
これら4台のポンプがフル稼働した場合、その合計排水能力は「毎秒47.8立方メートル(約48トン)」という驚異的な水量となる。これは一般的な小学校の25メートルプールをわずか数秒で空にできる能力であり、台風接近時や大雨の予報が出た際には、この強大な排水力を生かして事前に宝川の水位を下げる「予備排水」という運用が行われている。
3.2 稼働実績と維持管理コストの増大推移
内水排除システムの重要性と、それが直面している負荷の増大は、実際の稼働データと維持管理経費の推移を比較分析することで明確に裏付けられる。
愛西市の広報資料(令和4年および令和6年等)から抽出されたデータに基づく、令和3年度と令和6年度(見込み)の運転状況の比較は以下の通りである。
このデータから読み取れる最も顕著な傾向は、運転日数(稼働した日数の合計)自体は年間257〜258日とほぼ横ばいであるにもかかわらず、総運転時間が1,164時間から1,299時間へと10%以上も大幅に増加している点である。
これは、1日あたりの降雨の連続性が増しているか、あるいは一度の降雨に対する排出に要する時間が長引いていることを示唆している。
近年の「線状降水帯」などによる局地的かつ集中的な豪雨の増加が、物理的なポンプ稼働時間の延長として如実に表れている。
さらに、稼働時間の延長はダイレクトに維持管理費用の高騰に直結している。
令和3年度には年間約3,920万円であった経費が、令和6年度には約4,550万円へと16%以上跳ね上がっている。
この費用には莫大な電力量料金や燃料費だけでなく、後述する水路へのゴミの流入に対する除塵処理費用が多大に含まれており、土地改良区という一介の組合・団体にとって極めて重い財務的圧迫となっていることが容易に推察される。
4. 現行排水システムの構造的および運用上の脆弱性評価
毎秒47.8立方メートルという強大な排水能力を誇るシステムではあるが、地理的条件、機械的特性、そして現代の社会構造に起因する複数の致命的な脆弱性を内包している。
本章では、弥富市筏川以北の安全保障を脅かす具体的なリスク要因を詳述する。
4.1 広域停電(ブラックアウト)による排水能力の半減リスク
内水排除システムにおける最大の物理的アキレス腱は、電力インフラに対する極端な依存と、電源喪失時の能力低下である。
弥富市議会等の公式な議論において指摘されている通り、孫宝排水機場および新孫宝排水機場の動力構成は、それぞれモーター駆動のポンプが1台、エンジン駆動のポンプが1台というハイブリッド仕様となっている。
平時および軽微な荒天時には、商用電力網から供給される電気を用いてモーターポンプを稼働させ、水位が急上昇するピーク時にはエンジンポンプを併働させることで、100%の排水能力(毎秒47.8立方メートル)を発揮する。
しかし、台風の直撃に伴う暴風による送電鉄塔の倒壊、あるいは地震による変電所の機能停止といった広域停電が発生した場合、商用電源を必要とするモーターポンプは即座に沈黙する。
この事態において、自家発電設備やエンジンポンプが稼働したとしても、停電時の全体的な排水能力は約50%にまで激減してしまうのである。
弥富市内の他の地区と比較すると、停電時の排水能力維持率は鍋田地区で約45%、十四山地区で約48%となっており、孫宝地区の50%という数字は特段劣っているわけではない。
一部の先進的な排水機場では、強力な自家発電設備を導入することで停電時でも100%の能力を発揮できる体制を整えつつあるが、孫宝を含む多くのシステムでは依然として「最も排水能力が求められる災害の最盛期に、能力が半分に落ち込む」という深刻な矛盾を抱えたまま運用されている。
4.2 物理的閉塞による機能不全と経済的・社会的疲弊
高度な機械設備であっても、流体そのものに異物が混入すればシステムは容易に崩壊する。
宝川水系においては、上流部からの農業由来の刈り草や流木だけでなく、都市化に伴う不法投棄ゴミ(プラスチック製品、空き缶、生活系粗大ゴミなど)が日常的に水路に流入している。
これらの異物は、排水機場の取水口に設置された除塵機(スクリーン)に張り付き、物理的な閉塞を引き起こす。
スクリーンがゴミや草で塞がれると、ポンプに吸い込まれる水量が減少し、内部で圧力が異常低下する。これにより水が常温で沸騰し気泡が発生する「キャビテーション(空洞現象)」が誘発され、インペラ(羽根車)やケーシングに壊滅的な損傷を与える。
これを防ぐため、土地改良区は除塵機の連続稼働や、人力によるゴミの引き上げ・産業廃棄物としての処分に多大な労力と経費(数千万円規模の一部)を投じている。
行政の広報においても、「ゴミ処理に多大な経費がかかっています。水路へゴミを捨てることはやめましょう」という切実な注意喚起が繰り返し行われているが、モラルの問題に依存している以上、根本的な解決には至っていない。
台風襲来時に大量のゴミが一度に押し寄せた場合、除塵能力の限界を超え、ポンプを緊急停止せざるを得ない事態に陥るリスクが常に付きまとっている。
4.3 気候変動と外力超過限界
施設の設計基準に対する外力の超過も重大な懸念事項である。
新孫宝・孫宝第2排水機場の排水能力は、過去の気象データに基づく特定の確率降雨(例:10年に1度の豪雨など)を前提に設計されている。しかし近年、予測モデルを遥かに超える「線状降水帯」が頻発し、記録的な豪雨災害が全国各地で相次いでいる。
流域面積約2,100ヘクタールにおける雨水の流出量は、土壌への浸透能力と降雨強度の掛け合わせで決定される。
市街化や舗装路の増加に伴い、雨水が地中に浸透せず一気に水路へ流れ込む「流出係数」が上昇している。
これに線状降水帯による想定外の降雨強度が重なると、宝川への流入量が排水機場の最大吐出量(毎秒47.8立方メートル)を容易に凌駕する。
予備排水によって水位を事前に下げ、水路そのものを巨大な「貯水池(バッファ)」として活用する運用が行われているが、連続的な豪雨が降り続けば、そのバッファは数時間で満水となる。
ひとたび流入量が排水能力を超えれば、理論上、水位の上昇を止める手段は存在せず、越水による内水氾濫は避けられない。庄内川流域などでは、基準水位(例えば枇杷島水位観測所でT.P.9.10m)を超えた場合に排水ポンプ場の運転調整を行うといった厳格なルールが存在するが、閉鎖水域である宝川においては、排水機場の停止は即座に自地域の水没を意味するため、調整の余地すらないのが実態である。
4.4 複合的災害に対する防災拠点としての負荷
さらに、孫宝排水機場は単なるインフラ設備にとどまらず、地域住民の「最後の砦」としての役割も担わされている。
弥富市主催の市長タウンミーティング等における地元の発意を契機として、南海トラフ巨大地震等の津波発生時に備え、孫宝排水機場を付近住民の避難施設(一時避難可能な高台)とするための避難階段が県単独事業の補助を受けて設置された。
また、この施設は停電に備えた自家発電システムの配備や、耐震性に優れた都市ガス導管の敷設により、地震発生時でも冷暖房やシャワーの利用が可能とされている。
さらに、約400人の飲用水3日分を貯蔵できる受水槽や、30日分の生活用水を確保できるプール用水浄化システムまで導入されている。
新孫宝排水機場についても、洪水発生時に高台として避難に利用可能であることが住民間で共有されている。
しかし、これは裏を返せば、排水機場のオペレーター(土地改良区の職員等)が、極限の災害状況下において「巨大なポンプ群の精密な運転管理」と「数百人の避難住民の受け入れ・対応」という、全く質の異なる二つの重責を同時に担わなければならないことを意味する。
人的リソースが限られる中でのこの複合的な負荷は、運用上の巨大な脆弱性と言わざるを得ない。
5. インターネットを通じた排水機運用情報の取得可能性に関する現状分析
前章で詳述した通り、弥富市筏川以北の安全は、孫宝排水機場の極めて綱渡り的な運用の上に成り立っている。
このような状況下において、被害を最小限に抑え、適切な避難行動をとるためには、住民個々人および地域の防災を統括する弥富市役所が、現在の「宝川の水位」や「排水ポンプの稼働状況(何台動いているか、停電していないか等)」をリアルタイムで正確に把握できることが不可欠である。
本章では、現在のインターネット環境における情報取得の手段と、その限界について分析する。
5.1 住民視点での情報アクセス状況とその限界
現状、弥富市民が一住民としてインターネットを利用して地域の水害リスクを調べる場合、最も一般的なアクセス先は愛知県が公式に提供している「川の防災情報」サイトや、国土交通省のポータルサイトである。
これらのサイトを閲覧すると、愛知県内の広域なレーダー雨量や、新川、天白川、日光川、境川といった国や県が直接管理する一級・二級河川の水位周知情報(氾濫注意報等)、三河湾・伊勢湾沿岸の潮位情報などは提供されている。
また、豊橋市や豊川市などの一部地域では、河川管理用のCCTVカメラの映像が一般公開されており、新鹿乗川排水機場付近などの状況を視覚的に確認することが可能である。
しかしながら、対象を「弥富市筏川以北・孫宝土地改良区」に絞った途端、情報の網羅性は完全に失われる。
愛知県の川の防災情報の個別ページを参照しても、宝川のリアルタイム水位や、新孫宝・孫宝第2排水機場のポンプ稼働ステータスに関するデータは一切公開されていない。
インターネット上の検索エンジン等で「孫宝排水土地改良区」と検索して得られる情報は、マピオン電話帳やiタウンページ、NAVITIMEといった民間ディレクトリサービスに登録された「所在地(弥富市四郎兵衛2丁目88)」、「電話番号(0567-52-0034)」、そして「最寄り駅(富吉駅から約2600m等)」といった静的なプロファイル情報のみに留まる。
結論として、現状のインターネット環境において、住民が孫宝排水機場の「リアルタイムな運用情報(動いているか、止まっているか)」を直接調べる方法は存在しない。住民にとって最も身近であり、自らの生命に直結するポンプの稼働状況は、完全な「ブラックボックス」となっているのである。
5.2 行政(弥富市役所)視点での情報収集体制と組織的壁
では、基礎自治体であり避難勧告等の発令主体となる弥富市役所の視点ではどうだろうか。
愛知県海部建設事務所は、独自のテレメータシステム等を通じて流域のポンプ場の運転状態を監視し、市町村等と連携する体制を構築していると公表している。
しかし、孫宝排水土地改良区は、法制上「農林水産組合・団体」に分類される独立した法人組織である。
行政の直轄インフラ(例えば国土交通省直轄のダムや、県管理の日光川水閘門)であれば、データの統合やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じた市役所の防災システムへの直接連携が比較的容易であるが、土地改良区という別組織が管理する設備の場合、情報のやり取りは属人的な手法に依存しがちである。
現状において弥富市役所が孫宝排水機場の詳細な運用情報を得るためには、事前の防災協定等に基づき、災害対策本部から土地改良区の事務所へ電話や専用無線で直接連絡を取り、「現在、何台のポンプを稼働させているか」「燃料の残量は十分か」「除塵機に異常はないか」を口頭等でヒアリング(アナログな照会)している可能性が高い。
市役所の職員がインターネット上の統合ダッシュボードを開き、クラウド経由でポンプモーターの回転数やエラーコードを瞬時に俯瞰できるようなモダンなシステムは構築されていないと考えられる。
5.3 情報の非対称性がもたらす防災上の危機
運用情報が調べられない、あるいはアナログな伝達経路に依存しているという現状は、災害時において致命的なタイムロスと判断ミスを誘発する。
住民側に情報がない場合、「外は豪雨だが、きっと巨大な孫宝のポンプが動いているから大丈夫だろう」という根拠のない正常性バイアスが働き、避難の遅れを招く。逆に、過去に浸水経験がある住民は、ポンプが正常に稼働し水位がコントロールされているにもかかわらず過剰にパニックに陥り、危険な夜間に無用な避難移動をしてしまうリスクもある。
行政側にとっても、データのリアルタイム共有がなされていなければ、避難指示を発令するタイミングを「推測」に頼らざるを得ない。
ポンプが停電によって能力半減(50%)に陥ったという致命的な情報が市役所に伝わるのに数十分の遅れが生じれば、その間に宝川は越水してしまう。現状の「調べられないシステム」は、高度なハードウェアの能力をソフトウェアの欠如が台無しにしている状態と言える。
6. 次世代型排水機運用情報可視化システムの構築提案
「調べられないとすれば、どのようなシステムを構築すればよいか」という問いに対する工学的かつ政策的な解は、ハードウェアの増強に留まらない、IoT(モノのインターネット)とクラウドコンピューティングを駆使した「統合排水オープンデータプラットフォーム」の新規構築である。本章では、住民と行政の双方がリアルタイムに情報を共有・活用できる次世代システムのアーキテクチャと実装要件を提案する。
6.1 システムアーキテクチャの全体構想
提案するシステムは、現場の物理的な動きをデジタルデータに変換する「エッジレイヤー」、データを安全かつ確実に伝送する「ネットワークレイヤー」、データを蓄積・解析する「クラウドレイヤー」、そしてユーザーに最適な形で可視化する「アプリケーション(プレゼンテーション)レイヤー」の4層構造で設計されるべきである。
これにより、旧来の「土地改良区が監視盤を見て、市役所に電話し、市役所が防災無線で住民に知らせる」という直列的(バケツリレー式)な情報伝達から、「クラウド上のデータベースを中心に、土地改良区、市役所、住民が同時にアクセスする」という並列的かつハブ&スポーク型のデータ共有へとパラダイムシフトを図る。
6.2 センシング(エッジ)層のレトロフィット実装
孫宝第2および新孫宝排水機場の既存の設備(稼働後数十年が経過しているものも含む)に対し、大規模な設備改修を伴わずにデータを取得する「レトロフィット(後付け)」型のアプローチを採用する。
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水位センシング: 宝川の主要ポイント(上流、中流、排水機場流入口)および排出先である日光川側に、非接触型の電波式(ミリ波レーダー)水位計を設置する。これにより、流入量と排出量のバランスをリアルタイムで監視する。
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ポンプ稼働ステータス取得: 既存のPLC(制御装置)からデジタル信号を直接分岐させるか、あるいはモーターの電力線にクランプ式のCTセンサー(電流センサー)を取り付けることで、「ポンプがオンかオフか」「何%の出力で回っているか」を後付けでデータ化する。
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エネルギー監視: 商用電源の受電状態、停電検知センサー、および自家発電機・エンジンポンプの燃料タンクに超音波式レベルセンサーを設置し、「停電による能力低下(50%状態)が発生していないか」「燃料があと何時間持つか」を常時監視する。
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除塵機のAI監視: ゴミの詰まりによる機能不全リスクを回避するため、スクリーン付近に防塵・防水カメラを設置し、画像認識AIを用いて「ゴミの堆積率(%)」を自動判定する。
6.3 耐災害性ネットワーク層の構築
災害時、とりわけ台風や地震発生時には、地上の通信ケーブルが断線するリスクが極めて高い。
したがって、通信網の冗長化(多重化)がシステムの要となる。 主回線としては、大容量かつ低遅延のLTE/5G回線を使用し、詳細なデータや映像をクラウドへ送信する。
同時に、バックアップ回線として、微弱な電力で数キロメートル以上の通信が可能なLPWA(Low Power Wide Area:LoRaWANやNB-IoTなど)網を構築する。
万が一、商用電源が完全に喪失し、携帯電話の基地局がダウンした場合でも、排水機場に設置された独立型ソーラーパネルとバッテリーの電源を用いて、LPWA経由で「水位」と「ポンプの稼働フラグ(ON/OFF)」という生死を分ける最低限のクリティカルデータだけは途切れることなく発信し続けるフェイルセーフ設計とする。
6.4 ユーザー別アプリケーション(ダッシュボード)の設計
クラウドに集約されたデータは、利用者のITリテラシーや目的に応じて、二つの異なるインターフェースを通じてリアルタイムに提供される。
6.4.1 住民向けパブリック・アプリケーション(情報の民主化)
一般住民向けには、スマートフォンからブラウザや弥富市の公式LINEアカウント等を通じてアクセスできる、極めてシンプルで直感的なUI(ユーザーインターフェース)を提供する。
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シグナル(信号機)表示: 地域の安全度を緑、黄、赤のカラーコードで明示。「現在は予備排水中です(黄)」「水位が警戒ラインを超えました。避難を開始してください(赤)」といったメッセージをダイレクトに表示する。
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能力低下の可視化: 停電等によりポンプの排水能力が本来の47.8㎥/秒から半減している場合、それを隠さずに「現在、停電の影響で排水能力が低下しています。通常より早く水位が上昇するおそれがあります」と警告を発し、早期避難の強力な動機付けとする。
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水位トレンドグラフ: 過去24時間から現在までの宝川の水位グラフを表示し、雨量に対して水位が上昇傾向にあるのか、ポンプの稼働によって下降傾向にあるのかを視覚的に理解させる。
6.4.2 弥富市・管理者向けアドバンスド・ダッシュボード(データ駆動型意思決定)
弥富市役所の危機管理課や土地改良区のオペレーター向けには、より専門的で広域なデータを統合したPC向けのダッシュボードを提供する。
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デジタルツイン監視: 施設全体の稼働パラメーター(電流値、振動、燃料残量)をリアルタイムで監視。AI画像認識によって「除塵機のゴミ堆積率が80%に達した」というアラートが出た場合、市役所側から即座に清掃業者の緊急手配を支援する等のプロアクティブな連携が可能となる。
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水位予測シミュレーション: 気象庁の降水短時間予報データや上流からの予測流入量、そして現在のポンプ稼働能力(停電時は50%で計算)を変数として組み込み、「この雨量が続けば、あと何分後に危険水位に達するか」をシミュレーションする予測モデルを実装する。
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広域インフラとのAPI連携: 愛知県が管理する日光川水閘門の開閉状態や、日光川本川の水位情報をAPI経由で同じ画面に統合し、宝川単独ではなく水系全体としてのボトルネックがどこにあるかを俯瞰的に分析できる環境を構築する。
7. システム実装に向けた政策的課題と解決策
前章で提案した技術的ソリューションを実現するためには、テクノロジー以外のガバナンスおよび財政面での課題を克服する必要がある。
7.1 組織間のデータ連携とオープンデータ化の法的整理
最大の障壁は、農林水産団体である孫宝土地改良区、基礎自治体である弥富市、河川管理者である愛知県という管轄の異なる三者間で、いかにしてデータの所有権と提供責任を整理するかである。
行政が公的にシステムの運用情報(特に「安全」や「危険」を示すステータス)をインターネット上で一般公開した場合、システムの不具合による誤表示や通信障害が発生し、それに起因して住民の避難が遅れ被害が出た際の「法的責任(免責事項)」を事前に明確化しておく必要がある。
利用規約において「データはあくまで参考値であり、最終的な避難判断は各自で行うこと」というリテラシー教育とセットで運用する法的枠組みの構築が不可欠である。
7.2 財源の確保とインフラ投資のパラダイムシフト
IoTシステムの導入およびランニングコストの確保も重大な課題である。
既に土地改良区は、ポンプの稼働費や膨大なゴミ処理経費により年間4,000万円以上の維持管理費を負担しており、新たなIT投資の余力は乏しい。 この解決策として、国土交通省が推進する「流域治水プロジェクト」の補助金枠の活用や、内閣府の「スマートシティ・スーパーシティ構想」に紐づく交付金の獲得が考えられる。
また、都市化に伴う流出増の恩恵(?)を受けている進出企業等からの企業版ふるさと納税を活用し、「コンクリートの増強(ハード)」から「情報の透明化(ソフト)」へと治水予算の投下先をシフトするパラダイムチェンジを弥富市が主導すべきである。
8. 結論
弥富市の筏川以北、とりわけ四郎兵衛地区周辺における内水排除は、孫宝第2および新孫宝排水機場による毎秒47.8立方メートルという強大な人工的ポンプ能力によって辛うじて維持されている。
このシステムは広大な宝川水系の生命線であり、同時に施設の堅牢性を活かした住民の津波・洪水避難拠点としての機能をも担っている。
しかしながら、このシステムは無敵ではない。広域停電時には排水能力が約50%に半減するという構造的弱点を抱え、水路へ流入するゴミによる除塵機の閉塞リスクと経済的負担、そして線状降水帯などの異常気象による外力超過リスクという、複合的な脆弱性に常に晒されている。
こうした物理的・運用上のリスクが存在するにもかかわらず、現在のインターネット環境においては、愛知県等の広域防災サイトに宝川や孫宝排水機場のリアルタイム運用情報は一切公開されておらず、住民にとっても弥富市役所にとっても情報が「ブラックボックス化」しているのが実態である。
この極端な情報の非対称性は、迅速な避難行動や事前の危機管理対応を著しく阻害している。
この問題を根本的に解決するためには、「調べられない」現状を受け入れるのではなく、IoTセンサー、冗長化された通信ネットワーク、そしてクラウドダッシュボードを組み合わせた「統合排水オープンデータプラットフォーム」を新規に構築するべきである。既存のポンプ設備に非接触センサーやAIカメラを後付けし、稼働状況や停電情報、ゴミの堆積率をデジタル化して、住民向けには直感的な避難シグナルとして、行政向けには予測機能付きの高度な監視ツールとしてリアルタイム配信する。
海抜ゼロメートル地帯という過酷な自然条件と、老朽化するインフラ、そして激甚化する気候変動という三重苦の中で地域の持続可能性を担保するには、ハードウェアの際限のない増強には限界がある。
今ある施設の能力と現状をデジタル技術によって完全に可視化し、関係するすべてのステークホルダー間で情報を共有することによって、ハードの限界をソフトの力(データと迅速な行動)で補完するシステムを構築することこそが、弥富市役所および孫宝排水土地改良区が直ちに推進すべき次世代の治水戦略であると結論付けられる。
