1. 弥富市の現状と根本的な課題
弥富市では無料の耐震診断は一定数実施されているものの、実際の「耐震改修」や「シェルター設置」に至る件数が極めて少ない(歩留まりが悪い)という構造的な課題を抱えています。
弥富市の耐震化実績と目標
| 項目 | 令和7年度(実績) | 令和8年度(目標) |
| 耐震診断 | 14戸 | 23戸 |
| 耐震改修 | 1戸 | 1戸 |
| シェルター設置 | 0戸 | 1戸 |
客観的な危険性を認知しても所有者が改修に踏み切れない理由は、単なる意識の低さではなく、以下の3つの重層的な障壁に起因しています。
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経済的障壁: 高額な自己負担と、一時的な立て替え払いによる資金ショートの不安。
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物理的・心理的障壁: 長期間の工事に伴う騒音、粉塵、仮住まいへの転居など「平穏な生活が分断される」ことへの恐怖。
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価値観の障壁: 高齢世帯における「地震が来るか分からないのに多額の投資をする意味が見出せない」という虚無感。
2. 障壁を突破する他自治体の先進的アプローチ
他自治体では、これらの障壁を取り除くために「待ち(プル型)」から「実行支援・提案(プッシュ型)」へと行政の役割を進化させています。
| 課題(障壁) | 解決策の事例 | 先進自治体 | メリット・効果 |
| 初期費用(立替) | 代理受領制度 | 安城市、宍粟市 | 行政から業者へ直接補助金を払うため、所有者は自己負担分のみの支払いで済む。 |
| 高額な総費用 | 段階的耐震改修 | 名古屋市 | まず「命を守る1段階目」を低コストで行い、後日完全な改修を目指すことでハードルを下げる。 |
| 生活分断の恐怖 | シェルター実物展示 | 狭山市、前橋市 | 市役所等で実物を展示。中に入って体験させることで「狭い・怖い」という心理的抵抗を払拭する。 |
| 行動の停滞 | 戦略的戸別訪問 | 横浜市、みよし市 | 行政データからターゲットを絞り、業者と連携して訪問。対面での説明により潜在ニーズを掘り起こす。 |
| 投資への虚無感 | 付加価値リノベーション | 愛知県(コンペ等) | 「防災」だけでなく、「水回りの刷新」や「バリアフリー化」など、生活の質(QOL)向上とセットで提案する。 |
3. 弥富市への5つの戦略的提言
現状維持の目標値を大幅に上回り、実効性のある安全確保行動(コンバージョン)を生み出すため、次年度のアクションプログラムに組み込むべき5つの施策です。
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「代理受領制度」の即時導入と大々的PR
高齢化社会における最大の障壁である「一時的な立て替え(償還払い)」を廃止または回避し、「手出し〇〇万円のみで改修可能」と直接的にアピールする。
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公共空間での「耐震シェルター実物体験展示」の開催
パンフレットでの案内をやめ、市役所ロビー等で実物展示と建築士による無料相談会を同時開催し、直感的な安心感を提供する。
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「段階的耐震改修制度」の設計と導入検討
100点か0かではなく、まずは寝室や居間の倒壊を防ぐ「最低限の命を守る工事」を低コストで実現できる柔軟なスキームを導入する。
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「防災リスク訴求」から「生活価値向上(QOL)訴求」への転換
家が潰れるという「恐怖訴求」から脱却し、補助金を活用したキッチンリフォームやバリアフリー化など、日々の暮らしが豊かになる「付加価値」をメインに提案する。
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信頼を担保した「過去診断休眠層」への提案型ターゲティング訪問
過去に診断を受けて放置している世帯を最優先ターゲットとする。詐欺対策(事前告知や身分証提示)を徹底した上で、個別診断結果や「代理受領」「シェルター」などの複数の解決策を持参し、カウンセリング型の訪問を実施する。
弥富市における住宅耐震化の現状と課題:他自治体の先進的取り組みに基づく多角的な施策分析と戦略的提言
1. 序論:住宅耐震化政策の現在地と分析の視座
日本全国において、南海トラフ巨大地震や首都直下型地震などの大規模災害に対する危機感が高まる中、既存住宅、特に昭和56年(1981年)5月31日以前の旧耐震基準で建築された木造住宅の耐震化は、各自治体における最重要の防災政策として位置づけられている。
建物の倒壊は、居住者の生命を直接的に脅かすだけでなく、倒壊家屋による道路閉塞を引き起こし、緊急車両の通行妨害や火災の延焼といった複合的な都市災害の要因となる。
したがって、個人の資産である住宅の耐震化に公金を投入し、強力に推進することは、都市全体のレジリエンス(回復力)を向上させるための極めて公共性の高い施策である。
愛知県弥富市においても、この認識のもと「弥富市住宅耐震化緊急促進アクションプログラム」が策定されている。
本プログラムは、愛知県内53市町村等と連携した社会資本総合整備計画に基づき、住宅所有者の経済的負担の軽減、直接的な耐震化促進、耐震診断実施者への働きかけ、さらには改修事業者の技術力向上などを包括的に網羅し、毎年度の進捗管理を通じて強力に推進することを目的としている。
しかしながら、令和7年度(2025年度)の実績から浮き彫りになるのは、「無料耐震診断の実施」という入り口の段階から、「実際の改修工事・シェルター設置」という具体的な安全確保行動へと移行する過程に存在する巨大な「実行の壁(コンバージョン・ギャップ)」である。
行政による広報や戸別訪問を通じて耐震診断の機運を高めることには一定の成功を収めているものの、最終的な政策目的である「倒壊リスクの物理的排除」に至るプロセスにおいて、著しい歩留まりの悪さが観察される。
本報告書は、弥富市が直面しているこの構造的な課題を深く分析し、全国の他都市および都道府県(愛知県内の他市町村、静岡県、神奈川県横浜市、埼玉県狭山市、群馬県前橋市、新潟県新潟市、兵庫県宍粟市など)で展開されている先進的な取り組みを網羅的に調査・比較検討するものである。
財政的支援の仕組みの再構築、手続きに伴う一時的な資金負担の排除、物理的・心理的ハードルの低下、アウトリーチ手法の高度化、そして耐震改修に対する価値観の転換という多角的な視点から、住宅所有者の行動変容を促すためのメカニズムを紐解き、弥富市の今後の政策立案に資する戦略的かつ実効性の高い提言を導き出す。
2. 弥富市が直面する「診断から改修への移行」というボトルネックの定量分析
他自治体の施策を分析する前提として、まずは弥富市のアクションプログラム(令和8年4月策定)に記載されている現状と課題を定量的に整理する。過去の実績と令和8年度の目標値の推移は、本市の施策における到達点と限界を明確に示している。
上記データが示す通り、無料耐震診断の件数は一定水準を維持しており、令和4年度から令和6年度にかけては増加傾向にあった。
令和7年度においても、昭和56年以前に建てられた2地区(荷之上東西地区53件、中六北地区54件)を中心に愛知県と合同で戸別訪問を実施した結果、14戸の診断実績を確保している。
市民への広報や「耐震化の必要性」に対する第一段階の啓発活動、すなわちリスク認知の獲得については、行政の手法が確実に機能していると評価できる。
しかし、政策の根幹を揺るがす致命的な課題は、診断後に「耐震改修工事」や「耐震シェルターの設置」という具体的な安全確保策へと進む件数が極めて少ない点にある。
令和4年度から令和6年度までは改修・シェルター設置ともにゼロであり、令和7年度にようやく改修が1件発生したのみである。
診断件数に対する改修実行率が著しく低いという事象は、弥富市特有のものではなく全国の自治体が直面する共通課題であるが、令和8年度の目標値が「耐震改修1戸、シェルター1戸」にとどまっている点は、現状の施策の延長線上では劇的な改善が見込めないという行政側の無意識の諦観を反映しているようにも見受けられる。
弥富市のアクションプログラムにおける「改善策」には、引き続き愛知県とタイアップした個別訪問を実施し、対面での案内を積極的に行うこと、さらには過去に耐震診断を実施した家屋への再訪問やシェルター制度の周知強化が掲げられている。
しかし、単なる「訪問回数の増加」や「パンフレットによる情報提供の反復」だけで、数百万円規模の投資を伴う改修工事の決断を引き出せるかについては、行動経済学的な観点からも極めて懐疑的にならざるを得ない。
なぜ所有者は、自身の家が「地震で倒壊する危険性が高い(評点1.0未満)」という客観的な診断結果を突きつけられながらも、改修に踏み切れないのか。
その理由は、資金の枯渇や一時的な立て替え負担といった「経済的障壁」、工事中の騒音や仮住まいの手配といった「物理的・心理的障壁」、そして補助制度の複雑さや工事業者への不信感といった「情報的・環境的障壁」の複雑な絡み合いに起因する。
事業継続計画(BCP)の観点から企業のオフィス耐震化を分析したレポートにおいても、改修工事を実施しない最大の理由は「工事中の執務スペースの確保、移転先や契約の支援」といったソフト面の負担にあると指摘されており 、これは一般住宅における居住者の日々の生活継続の困難さと完全に同義である。
次章以降では、これらの重層的な障壁を打ち破るために他自治体が講じている高度なアプローチを解剖していく。
3. 経済的障壁の抜本的払拭:他自治体の高度な財政的支援スキーム
木造住宅の本格的な耐震改修工事には、全国平均で約238万円という多額の費用が必要となる 。
旧耐震基準の住宅に居住する層は高齢者が圧倒的な割合を占めており、年金生活の中で数百万円の貯蓄を取り崩すこと、あるいは新たなローンを組むことに対して極度の忌避感(現状維持バイアスおよび損失回避性)を示す。
この経済的ハードルを下げるための施策として、各自治体は国の枠組みを活用しつつ、独自の補助制度を展開している。
3.1 補助率の傾斜配分と「段階的耐震改修」の導入による心理的・資金的ハードルの分割
愛知県内の一般的な補助基準においては、耐震シェルター設置に対する補助は対象経費の2分の1以内(上限30万円)、非課税世帯の場合は4分の3以内(上限45万円)と設定されている 。
また、改修工事に対する補助についても、瀬戸市では上限30万円(障害者同居世帯は50万円) 、知多市では改修工事費の8割補助であるものの上限額が60万円または40万円に制限されているなど 、結果として所有者の自己負担額が100万円を優に超えるケースが頻発する設計となっている。
これに対し、南海トラフ巨大地震への危機感が特に高い名古屋市は、全国の主要政令指定都市の中でも極めて手厚い水準の補助制度を構築し、耐震化を住まい政策の最優先テーマと位置づけている 。
名古屋市の「木造住宅耐震改修助成」では、対象となる改修工事費の最大5分の4を補助し、一般世帯で最大115万円、非課税世帯に対してはさらに50万円を上乗せして最大165万円を交付する二層構造のスキームを採用している 。
非課税世帯への大幅な上乗せは、低所得の高齢者世帯が密集する旧市街地の防災力向上に直結する戦略的な傾斜配分であり、「お金がないから命を守れない」という事態を防ぐためのセーフティネットとして機能している。
埼玉県狭山市においても、木造戸建て住宅の耐震改修工事費用の補助上限を最大40万円に拡充し、耐震診断費用の補助も上限10万円(費用の3分の2)まで引き上げるなど、経済的支援の強化を図っている 。
さらに、名古屋市をはじめとする先進自治体が導入している特筆すべき制度が「段階的耐震改修(2段階改修)」に対する助成である 。
これは、一度に多額の費用をかけて現行の耐震基準(上部構造評点1.0以上)を満たす工事を行うのではなく、改修プロセスを以下の2つのステップに分割して実行するアプローチである。
第一段階の工事では、家屋の完全な保全を目指すのではなく、「倒壊を防ぎ、居住者の最低限の命を守る」ための補強(例えば評点0.7以上を目標とする簡易的な改修や、特定の部屋のみの補強)を実施する。
この段階においても行政からの手厚い補助が適用される。
第二段階の工事では、数年後に資金的余裕ができた段階で、現行基準(評点1.0以上)を完全に満たす追加の補強工事を行う。
この2段階目の工事に対しても、一定の計算式(延べ面積に34,100円/平方メートルを乗じた額の約23%から1段階目の補助金を控除した額、あるいは上限60万円から1段階目の補助金を差し引いた額のいずれか低い方)に基づき、継続的な助成が行われる設計となっている 。
また、段階的改修の2段階目の工事を実施した者は、所得税控除や固定資産税の減額といった耐震改修促進税制の優遇措置を享受することも可能である 。
この段階的アプローチの最大の効果は、「100点の安全か、ゼロか」という硬直化した二元論から居住者を解放し、心理的および資金的ハードルを劇的に引き下げる点にある。
総工費数百万円という見積もりを見て絶望し、思考停止に陥っている高齢世帯に対し、「まずは命が確実に助かるレベルの補強(第一段階)だけでも、自己負担数万円から数十万円の範囲で実施しませんか」と提案できることは、行政の窓口担当者や訪問指導員にとって極めて強力な説得材料となる。
実際に、愛知県みよし市が策定した「住宅耐震化緊急促進アクションプログラム(令和8年度)」においても、財政的支援の項目に「住宅段階的耐震改修費補助事業:目標1戸」が明確に独立して位置づけられており 、段階的アプローチの有効性が県内の他自治体にも着実に広がりを見せている。
3.2 初期費用負担(流動性制約)をゼロに近づける「代理受領制度」の破壊的効果
補助金の上限額がどれほど手厚く設定されていても、日本の多くの行政補助金システムは「償還払い(後払い)」の原則を強固に維持している。
つまり、市民は一度、工務店に対して数百万円の工事費用を全額自己資金で支払い、工事完了後に領収書や施工前後の写真、完了実績報告書を市に提出して審査を受け、数ヶ月後にようやく補助金が指定口座に振り込まれるという流れである 。
狭山市の制度においても、補助金の支払いは耐震改修工事の完全な完了後に行われることが明記されている 。
この「一時的な立て替え」こそが、不動産資産はあっても流動資産(現金)を持たない高齢者にとって、乗り越えることのできない決定的な阻害要因となっている。
この一時負担の壁を根本から解消し、資金の流動性制約を取り払う画期的な仕組みが「代理受領制度」である。
愛知県安城市や兵庫県宍粟市(しそうし)などで積極的に導入・広報されているこの制度は、申請者(建物の所有者)が本来受け取るべき補助金を、行政から直接、施工を行う工事業者へ支払うことを可能にする仕組みである 。
愛知県東海市でも同様の制度が大々的に案内されており、自己資金の負担軽減策として急速に定着しつつある 。
通常の補助金制度(償還払い)と代理受領制度のキャッシュフローの違いは、以下の比較表に明確に示される。
宍粟市の事例を分析すると、この代理受領制度は単なる高額工事だけでなく、住宅耐震改修計画策定費助成、耐震改修工事費助成、簡易耐震改修工事費助成、屋根軽量化工事費助成、建替工事費助成といった大規模なものから、シェルター型工事費助成、防災ベッド等設置費助成といった小規模な対策に至るまで、あらゆる耐震関連メニューで横断的に利用可能とされている 。
利用手続きの透明性と利便性を確保するため、市は「代理受領事前届出書」をはじめとする専用フォーマット(様式1号〜5号)と詳細な記入例、手続きの流れをPDFで公開しており、申請者(委任者)と事業者(受任者)が合意した上で円滑に制度を利用できる環境を整えている 。
安城市においても、令和2年(2020年)4月1日より耐震等関連事業補助金の一部で代理受領が導入され、専用の様式が提供されている 。
弥富市の令和7年度における改修件数1件という結果を鑑みると、市の無料診断を受け、耐震性の不足を認識した所有者が、いざ工務店からの見積もりを見た瞬間に「立て替え払いのための資金繰り」で挫折している可能性が極めて高いと推測される。
補助率自体の引き上げが市の財政事情により困難である場合でも、この代理受領制度の導入、あるいは既に制度が存在するのであればその存在を前面に押し出した強烈なPR展開は、予算の総枠を増やすことなく、改修へのコンバージョン率を劇的に引き上げるポテンシャルを秘めている。
4. 物理的・心理的ハードルを低下させる戦略的代替アプローチ:耐震シェルターの普及
耐震改修の決断を阻む要因は金銭面だけにとどまらない。
住環境という極めてプライベートな空間に数週間から数ヶ月にわたって複数の作業員が立ち入ること、それに伴う粉塵や騒音への耐性、工事期間中の仮住まいの手配、大量の家財道具の移動や処分といった「物理的・心理的負担」は、居住者が高齢になるほど指数関数的に増大する。
前述の通り、事業継続の観点からオフィスの耐震化を阻む最大の要因が「工事中の執務スペースの確保」にあるのと同様に 、一般住宅においても「今の平穏な生活が数ヶ月にわたって分断されること」への恐怖は、地震という不確実な未来のリスクに対する恐怖を容易に上回ってしまう。
自宅に住み続けながら工事ができるのか、それとも一時的な転居が必要なのかという問題は、補助金の多寡以上にシビアな判断基準として立ちはだかる。
この「生活分断のリスク」を完全に回避しつつ、就寝中などの無防備な状態における命を守るという最低限かつ最大の目的を達成するための戦略的代替手段が、「耐震シェルター」および「防災ベッド」の普及である。
耐震シェルターは、家屋全体が倒壊したとしても、特定の部屋全体やベッドの周囲だけを強固なフレームで守り、圧死を物理的に防ぐ装置である。
最大のメリットは、工期が極めて短いこと(数日から1週間程度)、仮住まいへの転居が一切不要であること、そして費用が家屋全体の改修の10分の1程度(数十万円規模)で収まることである。
新潟市でも耐震シェルター等設置補助事業が展開されており、施工業者からの見積徴収や製品決定のプロセスが案内されている 。
しかし、弥富市のアクションプログラムにおける実績を見ると、令和4年度から令和7年度までシェルター設置の件数は完全にゼロである。
補助制度(民間木造住宅耐震シェルター整備費補助金)が存在するにもかかわらず実績がゼロである理由は、「市民が制度の存在自体を知らない」か、「シェルターという概念が抽象的すぎて、自宅に設置した際の生活空間が実感として湧かない」かのいずれか、あるいはその両方である。
4.1 視覚と触覚を通じた「実物体験」による心理的障壁の打破(狭山市・前橋市の事例)
このシェルター特有の課題に対して、埼玉県狭山市や群馬県前橋市が展開している「実物展示アプローチ」は、極めて示唆に富む優れたマーケティング戦略である。
狭山市は、令和8年(2026年)5月25日から28日にかけて、市役所1階のエントランスホールという最も市民の目に触れる公共空間を利用して「家庭用耐震シェルター展示会」を開催した 。
特筆すべきは、狭山市が自治体としては珍しく、「木製の部屋型シェルター(一つの部屋全体を補強するタイプ)」と「金属製のベッド型シェルター(就寝時の安全確保に特化したタイプ)」という、機能もサイズも異なる2種類のシェルターを同時に展示した点である 。
パンフレット上の寸法データや小さな写真だけでは、高齢者は「部屋が極端に狭くなるのではないか」「檻の中に閉じ込められるようで息苦しいのではないか」といったネガティブな想像を膨らませ、導入を敬遠しがちである。
しかし、市役所のロビーに実物を組み上げ、市民が実際に中に入って広さや圧迫感の有無、フレームの頑丈さを自身の視覚と触覚で体験できるようにすることで、その心理的抵抗を物理的に取り除いているのである 。
この展示会は、家屋全体の耐震改修にかかる高額な費用や長い工期に悩む市民からの切実な声に応える形で企画されたものであり、狭山市危機管理課、開発審査課、さらには埼玉建築士会入間第一支部との強力な連携によって実現した 。
前橋市においても、広報誌を通じて告知を行い、「木造住宅耐震普及啓発パネル展」の開催と併設する形でベッド型シェルターの実物を展示している 。
パネルによるデータや補助制度の論理的な説明(左脳へのアプローチ)と、実物展示による直感的な安心感の提供(右脳へのアプローチ)を組み合わせることが、行動変容の強力なトリガーとなることを行政が深く認識している証左である。
さらに、狭山市は展示会の開催やシェルター補助(1台につき最大5万円の新設)にとどまらず、埼玉建築士会入間第一支部のプロフェッショナルな建築士による「無料『わが家の耐震リフォーム相談』」を毎月定期的に実施している 。
この相談会では、建築確認済証や図面、家の外観写真などを持ち込むことで、耐震診断の解説にとどまらず、キッチンや風呂場などの水回りのリフォームと耐震補強の同時施工、建て替えとリフォームの費用対効果の比較、将来のバリアフリー化への備えなど、多角的なライフプランニングに関する個別カウンセリングを提供している 。
弥富市においても、過去に無料耐震診断を実施したにもかかわらず改修に進まなかった層(いわゆる休眠顧客)に対し、単にパンフレットを再送付して「制度の周知」を図るだけでは効果は薄い。
市役所のロビーや地域の公民館等の身近な施設において「シェルター実物体験会」を開催し、そこへの特別な招待状を送付するとともに、建築士等の専門家を交えた個別相談会を併設することが、停滞する状況を打破する極めて有効な改善策となり得る。
5. アウトリーチ手法の高度化:プッシュ型アプローチの成功要因とリスク管理
行政の窓口やホームページで情報を提供し、市民からの相談や申請を待つ「プル型(待機型)」の施策から、データに基づいて抽出した対象者の懐に直接飛び込む「プッシュ型(攻め)」の施策への転換は、住宅耐震化を加速させるための全国的なトレンドである。
弥富市のアクションプログラムの改善策にも「戸別訪問」の継続と強化が明記されているが、その実施規模、ターゲティングの精度、そして手法の質において、他自治体の成功事例は重要なベンチマークとなる。
5.1 大規模動員と民間連携による潜在ニーズの掘り起こし(横浜市の事例)
神奈川県横浜市が過去に実施した戸別訪問事業は、その圧倒的なスケールと民間活力を最大限に引き出した実行体制において画期的であった 。
全国の住宅耐震化率が約82%(2013年時点)で頭打ち傾向にある中、横浜市は固定資産税の登記簿情報などの行政データをクロスレファレンスし、耐震性が低いと推定される旧耐震基準の木造住宅「16万戸」をターゲットとして抽出した 。
16万戸という膨大な数の住宅を行政の職員だけで網羅的に訪問することは物理的に不可能である。
そこで横浜市は、市職員だけでなく、委託を受けた人材派遣会社の専門スタッフ、さらには市と協定を結んだ市内の建築業者90社の従業員を大規模に動員する体制を構築した 。
実際の訪問にあたっては、従業員が市の委託事業であることを明確に示し、耐震診断や改修の必要性を対面で説明するとともに、限度額105万円の市の改修補助制度を紹介するチラシを直接手渡す活動に専念した。
ここで最も重要なルールは、横浜市の規定により「訪問時の自社の営利行為・宣伝(自社での施工契約の勧誘など)は厳格に禁止」された点である 。
この「一度でも所有者と直接顔を合わせた」というヒューマンタッチな接触が、劇的な化学反応を生み出した。日中は不在の家庭が多く、インターホン越しの短い対話しかできないケースも多々あったが、手渡しやポスティングでチラシを受け取った高齢者から「補助金制度があるなら耐震工事をしたい」という問い合わせが、後日、訪問に協力した建築業者へ直接舞い込むケースが多発したのである 。
前年度まで年間わずか21件にとどまっていた補助申請の件数が、この戸別訪問を契機として跳ね上がり、潜在的に眠っていた「改修したいが、どこに相談すればよいか分からなかった」というニーズを一気に顕在化させる起爆剤となった 。
5.2 継続的な対面コミュニケーションと精密な履歴管理(静岡県・みよし市・豊田市の事例)
静岡県が2001年から長期的なスパンで展開している木造住宅の耐震化事業「TOUKAI-0」プロジェクトは、無料耐震診断や手厚い補強工事助成(最大5分の4の補助率)のパッケージ化により、2023年時点で県内住宅の耐震化率92.8%という驚異的な数値を達成している 。
この成果の裏には、対象施設の所有者のもとへ何度も足を運ぶ執拗なまでの戸別訪問がある。
しかし、9割を超えた現在でも未改修のまま残る住宅や店舗は、「高齢の所有者が多く、対応が難しいケース」であると報告されている 。
これは、単なる制度案内の訪問を超えた、相手の不安や人生設計に寄り添う「カウンセリング機能」が今後のアウトリーチに強く求められていることを示唆している。
愛知県みよし市のアクションプログラムにおいても、未耐震家屋の木造住宅居住者に対して対面で耐震化の必要性を訴え、補助制度の説明を行い、無料耐震診断の申込みへ繋げるプロセスが明確に定義されている 。
みよし市の優れた点は、訪問時に居住者が不在の場合はパンフレットをポスティングするだけでなく、訪問の都度「個別訪問報告書」を作成し、住宅の所在地、住民の氏名、訪問日時、対応結果(反応の良し悪しや懸念事項など)を厳格に記録し、データベース化する手法を導入している点である 。
また、令和8年度は市内の全域を漫然と回るのではなく、「福谷地区」を中心にリソースを集中させるエリアターゲティングの手法を採用しており、限られた行政リソースの投資対効果の最大化を図っている 。
隣接する豊田市においても、「豊田市住宅耐震化緊急促進アクションプログラム」に基づき、市と県内全市町村、および(公社)愛知建築士会等の11団体で構成される「愛知県建築物地震対策推進協議会」と緊密に連携しながら普及活動を展開している 。
豊田市では、建築相談課の窓口を相談のハブとして機能させるだけでなく、県や関係団体と連携した「出張相談」を実施し、相談者が利用しやすい物理的場所や方法で専門的な知見にアクセスできる体制を強化しており、行政からの情報発信と市民からのアクセシビリティの両輪を回している 。
5.3 行政の信頼性担保と便乗詐欺被害防止の絶対的必要性
行政主導の戸別訪問を推進する上で、弥富市が最も警戒し、事前に対策を講じなければならないのが「行政を騙った便乗詐欺」の発生である。
近年、国土交通省の公式発表においても、国土交通省の職員を名乗る者が一般家庭を訪問し、「国土交通省が行う住宅の耐震対策に関するアンケートに答えて欲しい」などと騙る「かたり調査」の事案が複数報告されている 。
国土交通省は、一般家庭を対象とした戸別訪問によるアンケート調査は一切行っていないと明言しており、このような行為が個人情報の詐取や、法外な金額を請求する悪質なリフォーム詐欺への入り口となることに強い警鐘を鳴らしている 。
弥富市がアクションプログラムに沿って、愛知県とタイアップし、あるいは民間業者に委託して戸別訪問を実施する際、過去の詐欺報道等で警戒心を強めている高齢市民が「また怪しいリフォーム業者が来た」と誤認し、対話の扉を閉ざしてしまうリスクは極めて高い。
これを突破し、有意義なコミュニケーションを成立させるためには、以下の信頼性担保プロセスが不可欠である。
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事前告知の徹底: 訪問のターゲットとなる地区に対して、事前に市長名での公式な通知書を郵送または回覧板で配布し、「いつからいつの間に、どのような目的で、どのような服装・識別マークを付けた職員(または委託業者)が訪問するのか」を明確に伝達する。
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身分証の提示と専用ユニフォーム: 訪問者は例外なく、行政が発行した顔写真付きの身分証明書を首から下げ、市が認定した腕章、ジャンパー、またはビブスを着用することを義務付ける。
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地域コミュニティのオピニオンリーダーとの連携: 地域の事情に精通し、高齢者からの信頼が厚い民生委員や町内会長、自治会の役員に訪問計画を事前共有し、可能であれば初回の訪問に同行してもらう。これにより、行政への警戒心は劇的に低下する。
5.4 過去の診断実施者(休眠層)に対する戦略的フォローアップの再構築
弥富市の改善策に「過去に耐震診断を実施したところの再訪問」が挙げられている点は、マーケティングの観点から極めて合理的である。
すでに無料診断に応じた層は、自宅の耐震性に不安を抱き、防災意識が潜在的に高い「有望な見込み客(ホットリード)」である。
しかし、診断結果の報告時にパンフレットを渡して終わる従来の手法や、時間を置いて単に同じパンフレットを再送付するだけでは、彼らが立ち止まっている真の理由(資金面や生活上の負担)は解決されない。
一定期間(例えば半年や1年)が経過しても改修申請がない者に対しては、前述の「代理受領制度を活用して、自己資金の持ち出しを極小化するプラン」や、「改修を断念するなら、せめて寝室に耐震シェルターを設置する代替プラン」など、前回とは異なる新たな解決策(ソリューション)を携えて個別面談を実施するべきである。
狭山市が行っているような、建築士等の専門家を同席させた形での個別相談の枠組みを戸別訪問に応用し、手元にある診断書という客観的データに基づき、自宅の図面や写真を広げながら「どの部屋で寝ているか」「どこを補強すれば一番費用対効果が高いか」をテーラーメイドで提示することが求められる。
相手の断り文句(オブジェクション)を想定し、それを覆すだけの引き出し(代理受領、シェルター、段階的改修)を用意した上でのフォローアップこそが、弥富市が現状の膠着状態を打ち破る鍵となる。
6. 耐震改修に「付加価値」を持たせる総合的リノベーションへの概念転換
高齢者が耐震改修をためらうもう一つの根源的な理由は、耐震補強という工事が「マイナスをゼロにする(倒壊という不安を取り除く)だけの消極的な投資」に見えがちだからである。
「いつ来るか分からない、自分が生きている間には来ないかもしれない地震のために数百万円を払うくらいなら、今のまま寿命を迎えた方が良い」という虚無主義的、あるいは運命論的な思考に陥りやすい。
このメンタリティを打ち破るための最も高度な戦略が、耐震改修を単独の工事として提案するのではなく、「日々の生活価値を飛躍的に向上させるリノベーション(プラスの投資)」のパッケージに包含させるアプローチである。
愛知県や豊田市などが参画する「愛知県建築物地震対策推進協議会」等が主催し、改修事業者の技術力向上を図る目的で開催されている「あいち建築物耐震改修事例コンペ」における入賞作品は、この付加価値アプローチの成功例を見事に体現している 。
例えば、第9回の最優秀賞を受賞したS様邸(築64年)の耐震改修事例では、単に壁を剥がして筋交いを入れ、見えない部分を強くするだけという従来の地味な工事の枠を超え、以下のような劇的な付加価値を居住空間に創出している 。
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建物の中心部に基礎から新しいフレームを築造し、現行基準を満たす構造的強度を確保。
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耐震補強と同時に、既存の暗い小屋裏空間を一体化して吹き抜けとし、気持のよい解放感のあるリビング空間を創出。
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既存の古い木材を壁で隠すのではなく、あえて露出(表し)にして美しい木目を活かし、古民家特有の味わいのあるモダンなデザインを実現。
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長年の課題であった玄関と客間を同時に美しくリフォームすることで、訪れる友人や親族から「素敵になったね」と称賛される心理的満足感の提供。
この事例において、居住者は約50日間という長い工事期間に耐え、多額の費用を支払ったが、その対価として得たものは「地震への不安解消」だけでなく、「残りの人生を美しく快適な空間で誇りを持って過ごせる喜び」である 。
完成後の生活の質の劇的な向上が明確にイメージできれば、所有者は投資を決断する。愛知県内の事業者(原田建築など)も、単なる耐震補強ではなく「耐震リノベーション」と「中古戸建リノベ」、さらには二世代同居に向けたバリアフリー化を一体のパッケージとして市場に提案し、優秀賞を受賞するなど確かな実績を上げている 。
狭山市の無料「わが家の耐震リフォーム相談」においても、建築士が耐震診断の結果説明にとどまらず、水回り(キッチンや風呂)の最新設備への改修や、将来に向けた段差解消などのバリアフリー改修、さらには「建て替えとリフォームの費用対効果の比較」に至るまで、住まい全体のライフプランニングを包括的に相談できる体制を取っている点は非常に優れている 。
狭山市の制度要綱によれば、一般のリフォームや増築と同時並行で耐震改修を行う場合でも、耐震補強に関連する工事部分を明確に切り分けて補助金の対象とすることが認められており、複合的な工事を後押しする制度設計となっている 。
弥富市においても、行政が単に「地震が危ないから壁を強くしてください」と防災の観点のみから啓発する段階は過ぎた。
地元建築業者や愛知建築士会と強力に連携し、「耐震補強のついでに、段差をなくして暖かいお風呂にしませんか」「市の補助金を活用して、キッチンを新しくするついでに家の寿命を延ばしませんか」という【暮らしのアップデート(QOLの向上)】を前面に打ち出したプロモーションへとコミュニケーション戦略を大転換する必要がある。
7. 結論および弥富市への戦略的提言
これまで、全国の自治体が展開する住宅耐震化に向けた先進的な取り組み(財政的支援の多層化、段階的改修の導入、代理受領制度による初期負担ゼロ化、シェルターの実物展示体験、大規模かつ精密な戸別訪問、付加価値リノベーションの提案)を詳細に分析してきた。
弥富市における「毎年の診断実績は一定数あるにもかかわらず、改修やシェルター設置の実績が全く伴わない」という深刻な課題は、決して市民の防災意識が根本的に低いからではない。
行政が提供する単線的な解決策(全改修して後から補助金を払う)と、高齢者を中心とする所有者が現実の生活の中で抱える「経済的制約(現金不足)」「心理的・物理的制約(生活の分断)」「価値観の相違(投資対効果への疑問)」との間に、極めて大きなミスマッチが生じていることに起因する。
弥富市が令和8年度のアクションプログラム目標(診断23戸、改修1戸、シェルター1戸)という現状維持的な数字を確実に達成し、さらにはそれを大幅に上回る成果を生み出して、将来の巨大地震から一人でも多くの市民の命を守るためには、既存の延長線上ではない以下の戦略的施策への転換・導入を強く提言する。
提言1:初期費用負担をゼロ化する「代理受領制度」の即時導入と大々的PR
所有者が数百万円の現金を一時的に立て替える必要のある「償還払い」のシステムは、高齢化社会における耐震化最大の障壁である。
安城市や宍粟市の成功事例に倣い、市から工事業者へ補助金を直接振り込む「代理受領制度」を早急に整備すべきである。
すでに導入されている場合は、診断結果の報告時や戸別訪問時に「手出し〇〇万円のみで改修が可能です」という、資金繰りの不安を即座に払拭する直截的な表現で全対象者に強くアピールしなければならない。
提言2:市役所等の公共空間を活用した「耐震シェルター実物体験展示」の開催
パンフレットの配布や文字情報による周知だけでは、シェルター設置への行動変容は絶対に起きない。狭山市の成功事例に倣い、市役所1階ロビーや総合体育館など、市民の往来が日常的に多い場所において、木製および金属製の耐震シェルターの実物展示会を開催すべきである。
市民に実際に中に入ってもらい、その強度やサイズ感、圧迫感のなさを体感させるとともに、その場で建築士による無料相談会や補助金申請の受付を行う「ワンストップ型の啓発イベント」を展開することが、シェルター実績ゼロの現状を打破する最も確実な道である。
提言3:名古屋市型「段階的耐震改修制度」の設計と導入検討
一度に数百万円をかけて完全な耐震化(評点1.0以上)を求める「オール・オア・ナッシング」の要求は諦めを生む。「まずは寝室や居間の倒壊を防ぎ、命を守る」1段階目の簡易工事を低コスト(高補助率)で実現し、将来的な2段階目で現行基準を満たすという柔軟なスキームの導入を検討すべきである。
これにより、「お金がないから一切やらない」という層を、「命が助かる最低限の工事だけでもやっておくか」という具体的行動へと誘導することができる。
提言4:「防災リスク訴求」から「生活価値向上訴求」へのコミュニケーションの転換
過去の診断実施者への再訪問や、今後の戸別訪問を実施する際、単に「家が潰れる危険性」を説く恐怖訴求(フィア・アピール)から脱却すべきである。
県内の優秀なリノベーション事例を活用し、「耐震改修と同時に水回りを新しくする」「補助金を使って暖かくバリアフリーな空間に変える」といった、日々の生活の質(QOL)の向上をメインの付加価値として提案する営業手法へと、市職員および訪問指導員のトークスクリプトをアップデートすることが求められる。
提言5:信頼を担保した「過去診断休眠層」への戦略的・提案型ターゲティング訪問
愛知県とタイアップして実施する戸別訪問は、便乗詐欺のリスクを徹底的に排除した公式な手順(事前通知・身分証提示・地域役員の同行等)に則り実施する。
その上で、最優先のターゲットとすべきは「過去に市の無料診断を受け、判定値が基準未満であったにもかかわらず、放置している世帯」である。
これらに対しては一律のパンフレット配布ではなく、みよし市のように訪問履歴を厳格に管理し、個別の診断結果と見積書、さらには「代理受領」「段階的改修」「シェルター設置」「水回り同時リフォーム」という複数の選択肢を武器として持参した上で、家族構成や経済状況に寄り添ったカウンセリング型の個別訪問を実施することが、最終的なコンバージョン率向上の決定打となる。
弥富市のアクションプログラムにおける毎年のPDCAサイクルにおいて、これらの具体的な施策群を次年度の「プログラムの充実・改善」項目として組み込むことにより、現在滞留している「診断と改修の巨大なギャップ」は劇的に解消され、強靭で安全な都市基盤の形成が確固たるものになると確信する。
限界を迎えつつある制度のプル型(待機型)の啓発から、市民の抱える現実的な制約を取り除く「実行支援型」のアウトリーチへと行政の役割を進化させることが、今まさに求められている。
