宅地液状化被害に対する公的支援の法的・行政的課題
本報告書は、宅地の液状化被害に対する公費投入の妥当性について、過去の判例や行政対応の変遷を踏まえ、今後の巨大地震を見据えた持続可能な都市防災のあり方を論じています。
1. 開発事業者の法的責任と「自己責任論」の限界
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司法判断(浦安市液状化訴訟): 東日本大震災時の液状化被害に対し、住民が分譲業者を提訴したものの、分譲当時(昭和56年頃)の技術的知見では一般の戸建住宅への液状化対策は常識ではなく、業者の予見可能性と法的責任は否定されました。
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インフォームドコンセントの不在: 軟弱地盤の土地が相対的に安く取引される「リスクプレミアム」の構造はあるものの、購入時に行政や業者から十分なリスク説明がなされていませんでした。そのため、住民にのみ自己責任を強いることは社会的に受容されず、行政による事後的な救済介入が不可避となっています。
2. 私有財産への公費投入の憲法論と行政的妥当性
憲法第89条が定める「個人の財産形成への公費支出の制限」という原則に対し、現代の行政は費用便益(コストパフォーマンス)の観点から私有地への公費投入を正当化しています。
| 対策の種類 | 直接的な保護対象 | 公費投入の正当化根拠(社会的便益) |
| 急傾斜地対策 | 崖下の特定家屋・個人の生命 | 道路網の寸断や公共インフラ被害の防止 |
| 耐震補強補助 | 個人の家屋・資産 | 倒壊後の仮設住宅費やがれき処理費等の抑制 |
| 液状化対策 | 個人の宅地・地盤 | 地中インフラ(上下水道等)の連動破壊防止、街区の空き家化・スラム化防止 |
3. 「面的対策」の挫折と「個別支援」への政策転換
甚大な被害に対する行政の支援アプローチは、過去の教訓を経て大きく変化しています。
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浦安市の面的対策(東日本大震災後): 道路と宅地を一体改良する「格子状地盤改良工法」を推進しましたが、技術的特性上100%の住民合意が必須でした。環境リスク(六価クロム)への懸念や将来の資産価値低下への反発からコミュニティに深刻な分断が生じ、事業は事実上頓挫しました。
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個別支援モデルの台頭(令和6年能登半島地震後): 新潟市や富山市などでは、困難な面的合意を不要とする「個別支援」へ明確に舵を切りました。1世帯あたり最大766万円という異例の巨額補助を直接支給し、被災者の定住と生活基盤の維持を最優先する福祉政策的な対応を行っています。
4. 結論:南海トラフ巨大地震を見据えた都市防災の抜本的改革
現在の巨額な公的個別補助を、将来予測される南海トラフ巨大地震などの広範囲に及ぶ被害に適用すれば、国家財政は確実に破綻します。そのため、以下の3点に基づく都市防災法制の抜本的改革が提言されています。
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リスク事前開示の義務化: 宅建業法を改正し、液状化リスクと地盤改良コストの事前説明を厳格に義務化する。これにより「知らなかった」という事態を防ぎ、完全な自己責任の論理を法的に確立する。
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立地適正化と建築制限: 都市計画法を活用し、危険区域での新規住宅建築を厳しく制限する。建築する場合は、全額自己負担による地盤改良を必須条件とする。
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民間保険市場への移行: 現在の手厚い公費補助は「過去の法整備不足に対する特例」と位置づけ、悪質なモラルハザードを防ぐために段階的に縮小し、地震保険等の民間市場(自助・共助)へ完全に移行させる。
総括
液状化被害はもはや不可抗力の天災ではなく、土地利用規制の甘さと経済的合理性の追求が招いた「人災」の側面を強く持っています。個人の財産権保護と公費負担の公平性を両立させるには、過去の遺産に対する柔軟な救済と、未来の開発に対する冷徹で厳格な法的規制とを明確に切り分けることが不可欠です。
宅地液状化被害に対する公的支援の法的妥当性と行政的課題:自己責任論と財産権の境界を巡る包括的考察(自分の考えをAI利用で検証)
1. 序論:液状化災害と私有財産への公費投入を巡る政策的ジレンマ
日本における都市開発の歴史は、平野部の自然地形を拡張し、海岸線や河口域を埋め立てることで居住空間と産業基盤を創出してきた歴史である。
しかし、高度経済成長期を中心に形成されたこれらの人工地盤は、巨大地震の発生に伴い「液状化現象」という深刻な地盤災害を引き起こす宿命を背負っている。
東日本大震災以降、千葉県浦安市をはじめとする湾岸エリアで甚大な宅地液状化被害が顕在化し、さらに令和6年能登半島地震においては新潟県新潟市や富山県富山市、氷見市などで内陸部・旧河道区を含む広範な液状化被害が発生した。
こうした事態を受け、各自治体は被災宅地の復旧や将来の液状化防止対策に対して、多額の公費(税金)を投入する支援制度を構築している。
しかし、この「個人の私有財産である宅地に対する公費投入」という政策方針は、行政的・法的な観点から激しい議論を呼んでいる。
関係のない一般納税者の視点に立てば、軟弱地盤である海岸埋立地などを相対的に安価で購入した住民に対し、事後的に莫大な税金を用いて地盤改良等の救済を行うことは、「個人の財産に対する過度な利益供与」であり、自己責任の原則を著しく逸脱しているのではないかという強い批判が存在する。
将来予測される南海トラフ巨大地震において、濃尾平野や大阪平野を含む全国の広大な範囲で液状化が発生することが確実視される中、被害が生じるたびに公費で私有地の救済を行うことの財政的持続可能性は極めて疑わしい。
本報告書は、こうした批判的視座を出発点とし、災害時における私有地への公費投入が日本国憲法第89条の解釈においてどのように正当化されているか、また、犯罪被害者等給付金のような「予見不能なリスクに対する国家的救済」の法理といかに接続し得るかを検証する。
さらに、宅地を分譲した開発事業者の法的責任が問われた浦安市の判例を詳細に分析することで、市場取引におけるリスク分配と「インフォームドコンセント」の限界を明らかにする。
その上で、急傾斜地崩壊対策や耐震補強補助といった既存の公共事業・行政論理との比較を通じ、浦安市が推進しようとした面的液状化対策(格子状地盤改良工法)の挫折の構造と、富山市や新潟市に見られる「個別支援」への政策的転換を考察する。
最終的に、南海トラフ巨大地震を見据え、都市計画法等の法的拘束力を駆使したリスクエリアの立地抑制と、今後の国家財政を破綻させないための持続可能な都市防災政策のあり方を提示する。
2. 宅地開発事業者の法的責任とリスクプレミアムの経済構造
液状化リスクのある土地を購入した住民に対する「自己責任論」を検証する上で、最も核心となるのが、土地を造成・分譲した開発事業者の不法行為責任および瑕疵担保責任の所在である。
「工場や重要施設を建設する際には液状化対策を行うのが常識であり、その費用を含めれば土地は割高になるはずが、対策を怠って安価に販売した事業者の責任ではないか」という疑問に対し、日本の司法は明確な判断を下している。
2.1 浦安市液状化訴訟における予見可能性の限界と司法判断
東日本大震災後、千葉県浦安市の集合分譲住宅(タウンハウス)の購入者ら(原告)は、土地・建物の販売業者(被告)に対し、不法行為および瑕疵担保責任に基づく総額約8億4千万円の損害賠償を求める集団訴訟を提起した 。
本件分譲地は昭和47年(1972年)より東京湾岸の埋立造成事業として事業遂行され、昭和55年(1980年)に販売業者が住宅事業用地として取得し、昭和56年(1981年)から分譲が開始されたものである 。
平成23年(2011年)の東日本大震災(浦安市で震度5強)において、本件分譲地は激しい液状化現象に見舞われ、建物の不同沈下による傾斜被害、および給水管やガス管、擁壁などの共用設備破損被害が発生した 。
原告側は、敷地が埋立地で地盤が弱く、大地震発生時に液状化して建物が傾く危険性があったにもかかわらず、販売業者が地盤改良工事を行う義務を怠ったこと(不法行為責任)、およびその危険性について説明する義務を怠ったこと(説明義務違反)を主張した 。
さらに、仮に不法行為責任が否定されたとしても、分譲住宅は通常備えるべき安全性を欠いていたとして瑕疵担保責任を追及した 。
しかし、第一審の東京地裁(平成26年10月8日判決)および控訴審の東京高裁(平成27年12月15日判決)は、いずれも原告の請求を全面的に棄却した 。
裁判所は、販売業者の地盤改良工事実施義務を否定し、瑕疵担保責任における「瑕疵(法的欠陥)」の存在も認めなかった 。
この司法判断の根拠は、分譲が行われた「昭和56年当時の技術的・社会的知見(予見可能性)」の限界にある。
工場や港湾施設、高層建築物といった大規模かつ重量のある構造物に対する液状化対策は当時から認識されつつあったものの、一般の低層・小規模な木造住宅やタウンハウスに対する液状化対策(深層地盤改良など)は、技術的にもコスト的にも一般化しておらず、「常識」として確立していなかったのである。
販売業者は「鉄筋コンクリートべた基礎」を採用するなど、当時の一般的な建築水準を満たしており 、将来の未曾有の災害(東日本大震災レベルの広域かつ長時間の強振動)に対する高度な地盤改良義務や特別の説明義務までは法的に課されないと判断された。
当時の建築基準法などの法令を遵守している以上、事後的に判明したリスクに基づいて遡及的にデベロッパーを罰することは、法治国家の枠組みにおいて不可能であった。
2.2 リスクプレミアムとインフォームドコンセントの不在
司法が事業者の責任を否定したことは、液状化リスクが結果的に「購入者の自己責任」として帰着することを意味する。
経済学的な視点に立てば、海岸沿いの埋立地が相対的に安価で取引されていた事実は、地盤改良費用が転嫁されていないことに加え、軟弱地盤という潜在的リスクが「リスクプレミアム(地価の割引)」として市場価格に反映されていたと解釈することができる。
地価が安かったという恩恵を享受して土地を購入した以上、その土地に内在する物理的リスクが顕在化した際の損失は所有者が甘受すべきである、というのが自己責任論の理論的支柱である。
しかし、この自己責任論が社会的に完全に受容されない最大の理由は「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)」の決定的な欠如にある。
被害を訴える住民側にしてみれば、土地を購入した時点で「液状化による深刻な家屋の傾倒やインフラ断絶のリスク」について、行政側からも販売事業者側からも明確な警告や説明を受けていなかった。
リスクの存在を知らされていない(真っ白な状態であった)住民に対して、事後的に「安く買ったのだから全て自己責任である」と突き放すことは、行政に対する強烈な不信感を生み出す。裁判所が説明義務違反を問わなかったことは、当時の知見においては売り手も行政もリスクの深刻さを正確に定量化・説明できる状態になかったことを示している。
このような「社会全体の予見不能なリスク」によって生じた損害を、末端の消費者(住民)のみに押し付けることは、被災地のスラム化や治安悪化を招き、結果としてより大きな社会的コストを生むため、行政は何らかの救済介入を余儀なくされるのである。
3. 個人財産への公費投入の憲法論と行政的妥当性
被災した個人の宅地に対する公費(税金)を用いた救済事業に対しては、日本国憲法との整合性や、他の公共政策とのバランスを問う声が絶えない。
ここでは、利益供与の限界と行政的妥当性を詳細に検証する。
3.1 日本国憲法第89条と利益供与の境界線
憲法第89条は「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」と規定している。
この条文は歴史的に、私企業や特定の個人の資産形成に対して公費を支出することを制限する根拠として解釈されてきた。
個人資産である住宅や宅地の再建に公的支援を行うことは、この「私有財産への公費支出(過度な利益供与)」に抵触するとの見解が根強く存在する 。
しかし、現代の行政法解釈および災害対策政策においては、憲法第89条は私人への支出それ自体を無条件に禁じているわけではないという理解が定着している。
憲法第25条が定める生存権の保障や、国民生活の安定を図るという国家の責務を総合的に考慮した結果、「私有財産の形成に公費の支出は認めない」という硬直的な考え方は適当ではないと整理されている 。
建築基準法が担保している安全性はたかだか震度6弱程度までであり、それを超えるような未曾有の強震動や、大規模な液状化現象に見舞われた場合には、個人の自助努力(一般的な基礎工事の実施など)を遥かに超越しており、国として被災した生活基盤の再建に支援の手を差し伸べることは躊躇すべきではないという政策判断が下されている 。
この論理は、「本当に予見できないリスクに対して国家的な救済を行う」という点で、「犯罪被害者等給付金支給法(犯罪被害者防止法等に関する枠組み)」の法理と軌を一にしている。
犯罪被害は本来、加害者と被害者の間の不法行為の問題であるが、国家が国民の安全を保護しきれなかったという社会的連帯の観点から、国が公費を用いて被害者に見舞金や給付金を支給する。
未曾有の巨大地震による液状化被害もまた、個人の責任範囲を超えた不可抗力的な広域システム障害とみなされるため、ある程度の公的救済が正当化されるのである。
3.2 費用便益分析に見る行政的妥当性:急傾斜地対策と耐震補助との比較
個人資産への公費投入の妥当性を評価する上で、古くから全国で行われている「急傾斜地崩壊対策事業(砂防事業等)」と、近年の「耐震化補助」の行政論理を比較することは極めて有用である。
全国で30年以上前から問題となり実施されてきた急傾斜地対策は、崖の下にある数軒の家屋(個人財産)を守るために数千万から数億円の公費を投じる公共工事である 。
財政難の現在、これが行政的妥当性を持つかどうかが問われているが、国土交通省の費用便益分析によれば、この事業の効果は単なる「家屋被害(個人資産)の軽減」にとどまらない。土砂崩壊を防ぐことは、「公共・公益施設被害軽減」「交通途絶被害軽減」「山地森林保全効果」といった、地域全体に及ぶ外部不経済の発生を防止する巨大な便益(社会的利益)をもたらすため、正当な公共事業として成立している 。
同様の逆算的な行政論理は、住宅の耐震対策に対する数百万円の補助金にも適用されている。個人の家の耐震対策に300万円〜500万円の公費を投入することは、一見すると不公平な利益供与に見える。
しかし、家屋が倒壊した場合の事後コストを想定すると評価は一変する。
家が潰れれば、行政は避難所の運営費、仮設住宅の建設費、被災者生活再建支援金の支給、そして莫大ながれきの撤去・処分費(解体廃棄物の運搬・処分は公費負担となる実態がある)を負担しなければならない 。
これらの膨大な事後予算を考慮すれば、事前に耐震補助として500万円を拠出して倒壊を防止する方が、財政全体としては「極めて安上がり」であり、費用対効果が高いという行政論理が成立する。
| 事業・支援の類型 | 直接的な保護対象(私有財産) | 行政・社会全体への波及的便益(公費投入の正当化根拠) | 費用便益の構造 |
|---|---|---|---|
| 急傾斜地対策 | 崖下の特定家屋・住民の生命 |
道路網の寸断防止、公共インフラの保全、大規模土砂災害による復旧コストの回避 |
事前対策費 < 事後インフラ復旧・救命コスト |
| 耐震補強補助 | 個人の家屋、資産的価値 |
仮設住宅建設費の抑制、がれき処理費用の削減、避難所運営負担の軽減 |
事前補助(数百万円) < 倒壊後の仮設住宅・支援金・撤去費 |
| 液状化対策 | 宅地の沈下・傾斜の防止 |
道路・上下水道など地中インフラの連動破壊防止、空き家化・スラム化の防止 |
宅地復旧補助(最大766万円) < 街区放棄に伴う税収減・治安悪化 |
液状化対策もこれと全く同じ構造を持つ。
宅地内の液状化は私有地の問題にとどまらず、宅地から噴出した土砂が公道を埋め尽くし、不同沈下が公共の上下水道管やガス管を破断させる。
すなわち、私有地の脆弱性が公共インフラの機能麻痺を直接的に引き起こすのである。
さらに、被害を受けた住宅の居住者が自費で修復できずに土地を放棄すれば、地域は管理不全の危険空き家であふれ、税収基盤は失われ、都市全体がスラム化する。
したがって、液状化対策への公費投入は、私有財産への利益供与という外形をとりながら、実態としては「都市機能全体を維持・回復するための不可避的な社会的投資」として論理付けられているのである。
4. 地盤工学的差異:浦安市元町と埋立地の歴史的コントラスト
浦安市における液状化被害の分布は、「土地の来歴」と「自然による地盤の締め固め」が地盤工学的にいかに重要であるかを如実に物語っている。
浦安市内で大被害を受けたのは、海岸沿いの海面や浅瀬を近年(高度経済成長期以降)に埋め立てて造成された中町・新町地域の広大なエリアであった 。
一方で、同じ浦安市内であっても、江戸時代から漁村として存在していた旧浦安村(元町地域と呼ばれる自然堤防上のエリア)では、東日本大震災時においても深刻な液状化はほとんど起きていない。
この現象は偶然ではなく、地盤工学的なメカニズムによって説明される。
古くから人が住み着いていた自然地形や古い埋立地は、過去の歴史の中で幾度もの中小地震を経験し、その度に微小な液状化や圧密沈下を繰り返してきた。
数百年という膨大な時間をかけて地盤中の砂粒が密に再配列され(締め固まっており)、地下水位とのバランスも安定しているため、現代の巨大地震に対しても極めて高い耐性を持つに至ったのである。
これに対し、近年造成された海岸埋め立て地は、海砂をポンプで吹き上げたままのルーズ(緩い)な状態であり、かつ地下水位が極めて高いため、強振動を受けると即座に間隙水圧が上昇し、砂が液体のように振る舞う液状化現象を引き起こす。
この「新旧の土地の物理的差異」は、リスクのある土地(新しい埋立地)を購入した者の責任を問う文脈で引き合いに出されるが、同時に行政側が「どのエリアにどのような都市計画上のリスクが存在するか」を明確にゾーニングし、地盤改良を義務付けるべきであったという都市計画の根本的な欠陥をも浮き彫りにしている。
5. 面的液状化対策の限界と挫折:浦安市「格子状工法」の教訓
司法によって開発事業者の責任が問われないことが確定する中、浦安市は行政主導で、道路(公共)と宅地(私有)を一体的に改良する未曾有の「市街地液状化対策事業」に乗り出した。
しかし、この壮大なプロジェクトは、私有地という複雑な権利関係と合意形成の壁に直面し、事実上の頓挫状態に追い込まれた。
5.1 格子状地盤改良工法の理念と技術的構造
国土交通省の「宅地液状化防止事業」を活用し 、浦安市が採用を決定したのが「格子状地盤改良工法(TOFT工法等)」である 。
これは、液状化しやすい砂地盤上の道路と宅地を碁盤の目のように囲んで、壁状に連続した地盤改良を行うものである 。
機械式撹拌機械や高圧噴射を用いて、道路の中央部と宅地相互の境界部の地中にセメント系固化材を注入し、地盤改良体を造成する 。
これにより、地震の揺れによる地盤のせん断変形を封じ込め、面的に噴砂や沈下を抑制する仕組みである 。
市は中町・新町地域の戸建住宅地約8,930戸(約204.8ha)を対象とし、事業規模100宅地程度、住民負担100〜200万円程度という条件を満たす16地区を選定した 。
その中から、住民の調査依頼書提出率が9割を超えた舞浜三丁目など先行5地区(約21.1ha、926戸)において、国との調整を図りながら事業計画案の作成に着手した 。
市はパシフィックコンサルタンツ等に住民コーディネート業務を委託し 、全体説明会やオープンハウス、個別勉強会を通じて合意形成を図った 。
5.2 「100%同意」の絶対条件と顕在化した問題点
しかし、この事業は根本的な設計上の欠陥を抱えていた。
格子状工法はその技術的特性上、街区を途切れなく壁で囲む必要があるため、対象となる街区住民の「100%の合意」が不可欠となる 。
1軒でも反対すれば格子が完成せず、効果が著しく低下する。
この「100%の同意」という要件は、個人の財産権に対する著しい制約となり、以下の深刻な問題を引き起こした。
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環境・健康リスク(六価クロム問題):地中に大量のセメント系固化材を注入するため、有害物質である六価クロムが土壌に溶出する懸念が住民間で払拭されず、激しい反対運動の一因となった 。
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将来の建築制限と資産価値の毀損:宅地の境界に地中壁を埋め込む性格上、施工後に土地の利用や建て替えにおける物理的・法的な「建築制限」が発生する。地元の不動産業者からも、この建築制限や六価クロム問題が地価の下落(マイナス査定)につながると指摘され、資産価値の保全を望む住民の猛反発を招いた 。
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コミュニティの破壊と不信感:100%の同意が必要であるため、事業推進を望む行政や一部住民から、反対する住民に対して強烈な同調圧力がかかり、地域コミュニティに修復困難な分断と対立をもたらした 。
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代替工法(地下水位低下工法)の強引な排除:市民側からは、他市(潮来市や千葉市等)で実績があり、安価で六価クロムのリスクがない「地下水位低下浅層工法(暗渠による排水)」の採用を求める声が強かった。国土交通省のガイダンスによれば、地下3m(GL-3m)までの水位低下で木造住宅の沈下は十分防げるとされているにもかかわらず、浦安市は過剰な目標(GL-5m)を用いた独自の実験結果を根拠にこの工法を排除し、「格子状工法以外に選択肢なし」と強弁したため、行政への不信感が爆発した 。
5.3 復興交付金期限の徒過と事業の崩壊
浦安市が「先行5地区で9割の合意が得られた」と公表したのは、あくまで「事前の地盤調査への合意」に過ぎず、多額の自己負担と建築制限を伴う「実工事への合意」ではなかった 。
住民間の調整は泥沼化し、計画は空転を続けた。さらに、国からの復興交付金を受けるためには「平成27年度中の工事完了見込み」が必要であったが、市は「平成28年3月着工でも対象になる」と不正確な説明を行い、後にそれが虚偽であったことが判明するなど行政の失態が重なった 。
最終的に、期限内の事業完了は不可能となり、一体的な面的対策の試みは、一部の極めて限定的な街区を除いて事実上頓挫した。
この事例は、強力な強制収用権限を伴わない日本の都市計画制度において、事後的な面的合意による防災対策がいかに非現実的であるかを痛烈に証明するものであった。
6. 令和6年能登半島地震における政策転換:個別支援モデルの台頭
浦安市での手痛い教訓、そしてその後の熊本地震などを経て、国土交通省および地方自治体の被災宅地支援策は、大きなパラダイムシフトを遂げた。
令和6年(2024年)能登半島地震において、甚大な液状化被害を受けた新潟県新潟市や富山県富山市、氷見市などで展開されている「液状化被災宅地等復旧支援事業」は、もはや面的合意を前提とせず、個々の財産権に基づく「個別支援モデル」へと明確に舵を切っている。
6.1 莫大な公費投入による直接補助の枠組み
新潟市や富山市が実施している復旧支援事業は、宅地の復旧工事に要する費用を国・県・市が一体となって直接的に補助する制度である 。この制度の特筆すべき点は、補助の規模が過去の災害と比較して極めて大規模であることだ。
対象となるのは、住宅の居住者が宅地内に住み続けるために行う「住宅基礎の傾斜修復工事」や「液状化の再度災害防止のための地盤改良工事」である 。
富山市および新潟市の制度では、総工事費上限1200万円のうち、定額の自己負担(富山市は50万円等)を控除した額の「3分の2」を補助率とし、最大で「7,666,000円」という巨額の公費が1世帯に対して支給される 。
さらに、すでに工事が着手済み、あるいは完了済みであっても遡って対象とする柔軟な運用が行われている 。
この手厚い支援は、被災者生活再建支援金の使途を住宅本体の再建にまで拡大してほしいという被災者の強い要望 に実質的に応えるものであり、個人の財産(住宅)に対する大規模な利益供与という批判を乗り越えて、被災者の定住と生活基盤の維持を最優先する福祉政策的判断が下された結果である。
浦安市のような「隣人との合意」は一切不要であり、各世帯が自らの判断で専門業者に依頼し、個別にジャッキアップや薬液注入を実施できるため、合意形成による遅滞やコミュニティの破壊を回避することが可能となった。
7. 結論:南海トラフ巨大地震を見据えた都市防災法制の抜本的改革
これまで検証してきたように、東日本大震災における浦安市の面的対策の挫折から、能登半島地震における富山市・新潟市の個別直接補助への転換は、予見困難であった過去の都市計画の不備を、現代の公費で埋め合わせるという一種の過渡的な社会的救済措置として機能している。
しかし、この政策的妥協を将来の巨大災害に対しても恒久的に継続することは、国家財政の観点から絶対に不可能である。
今後30年以内に極めて高い確率で発生するとされる「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」においては、濃尾平野、大阪平野、東京湾岸をはじめとする全国の広大な軟弱地盤・埋立地において、過去とは比較にならない規模の液状化が同時多発的に発生することが確実視されている。
何百万世帯にも及ぶ被災宅地すべてに対して、1戸あたり最大約766万円の公費を投入すれば、復興予算は完全に底を突き、日本の財政は破綻する。
したがって、我々は「液状化被害は予見不能な災害である」というかつての前提を捨て去り、以下の3点において、都市計画法および不動産取引に関する法制の抜本的な改革を断行しなければならない。
7.1 リスクの事前開示とインフォームドコンセントの義務化による自己責任の確立
現在の科学技術において、液状化リスクはハザードマップ等により極めて高精度に予見可能である。
「真っ白だから知らなかった」という事態を根絶するため、宅地建物取引業法を改正し、水害リスクと同様に「液状化リスクの判定結果」および「安全を担保するために必要な地盤改良工法と概算コスト」の事前の重要事項説明を厳格に義務付けるべきである。
これにより、購入者はリスクを完全に理解(インフォームドコンセント)した上で、リスクプレミアム(割引価格)と天秤にかけて土地を購入することになる。
この手続きを経ることで、初めて「リスクのある土地を安く買ったのだから完全な自己責任である」という論理が法的に成立し、行政への事後的な救済要求を遮断することが可能となる。
7.2 都市計画法による厳格な立地適正化と建築制限
「30年前に急傾斜地の対策をやりかけたように、法律で縛って家を建てさせないようにすれば防止できる」という見地は極めて正しい。
行政は、液状化危険度の高い地域(特に新規の埋立地や旧河道)を都市計画法に基づく「災害危険区域」等に指定し、新規の住宅建築を強力に規制すべきである。
住宅を建設する場合には、所有者および開発事業者の全額自己負担において、深層地盤改良や強固な杭基礎の敷設を建築確認の絶対条件としなければならない。
その費用を含めて土地の造成費が割高になり、市場競争力を失うのであれば、その土地は「居住地として不適格である」として自然淘汰されるのが、正常な都市空間の形成プロセスである。
7.3 公的支援の縮小と民間保険市場への移行(モラルハザードの防止)
能登半島地震等に対する手厚い公的支援は、あくまで「過去の不十分な法整備や知見の不足によって生み出された既存宅地に対する、一代限りの特例的救済」として位置づける必要がある。
これを恒久的な制度とすれば、「対策がなされていない安価な危険地帯を購入しても、被災すれば国が多額の税金で直してくれる」という極めて悪質なモラルハザードを誘発する。
今後は一定の周知期間を設けた上で、私有地に対する公費補助の割合を段階的に縮小し、地震保険における液状化特約の普及など、民間市場における「自助」と「共助」のメカニズムへと完全に移行させなければならない。
液状化災害は、もはや不可抗力の天災ではなく、土地利用規制の甘さと経済的合理性の追求が生み出した「社会工学的な人災」の側面が強い。
個人の財産権の保護と公費負担の公平性というジレンマを克服するためには、過去の遺産に対する柔軟な福祉的救済と、未来の都市開発に対する冷徹で厳格な法的規制という、二元的な時間軸に基づく政策の峻別こそが、次世代の日本における持続可能な都市防災の絶対条件となるのである。
