「公助」への依存から脱却し、私たちの命と尊厳を自らの手で守り抜くにはどうすればよいのか——。
本計画は、海抜ゼロメートル地帯という過酷なリスクを抱える弥富市五之三地区防災会をモデルケースに、従来の「指定避難所への一斉避難」という常識を覆す、新しい防災パラダイムへの転換をご提案するものです。大規模災害時、行政の支援には限界があり、避難所生活は高齢者にとって「災害関連死」という致命的なリスクを伴います。
そこで本計画が戦略の核として打ち出すのが、倒壊を免れた自宅を拠点とする「在宅避難体制」と、ご近所2〜5軒の最小単位で助け合う「マイクロ互助ネットワーク」の構築です。
分散備蓄によるリソースの補完、そして「共同炊事・共食」を通じたトラウマケアと孤立防止。この極めて合理的かつ血の通ったアプローチは、地域に長年培われたソーシャルキャピタルを活かし、住民を「被災者」から「コミュニティを支える主体」へと変貌させます。
意識変容から始まる「3ヵ年の実践ロードマップ」、そして持続可能な制度化を目指す「行政への政策提言」まで。机上の空論を排し、全国の高齢化地域のロールモデルとなる次世代型・防災活動計画の全貌に迫ります。
弥富市五之三地区防災会を例とする 活動計画の戦略的サマリー
本計画は、行政による「公助」の限界を直視し、指定避難所への一斉避難という従来型モデルから脱却し、「在宅避難体制」と「小規模な互助ネットワーク」を基軸とした新しい防災パラダイムへの転換を提案するものです。
1. 前提となるリスクシナリオと在宅避難の科学的妥当性
対象地域の特殊な地理的条件(海抜ゼロメートル地帯)と建築統計に基づき、災害シナリオを二極化して現実的な対策を講じます。
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壊滅的シナリオ(広域水没): 津波や大規模な堤防決壊を伴う場合、地区内での生存は不可能なため「事前の市外広域避難」を唯一の戦略とする。
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現実的シナリオ(ライフラインの長期喪失): 堤防は維持されるが液状化等でインフラが途絶する状況。旧耐震基準(1981年以前)の家屋でも約7〜8割は完全倒壊を免れるという統計的根拠に基づき、倒壊を免れた自宅等に留まる「在宅避難」を基本戦略とする。
2. 「公助の幻想」からの脱却と避難所リスクの回避
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要支援者名簿の限界: 行政に名簿を登録しても、発災直後は市職員も被災し、ピンポイントの救出は物理的に不可能。実質的な救助は近隣住民に委ねられる。
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指定避難所の破綻リスク: 収容力の限界に加え、プライバシーの欠如、感染症の蔓延、衛生環境の悪化など、高齢者にとって致命的な「災害関連死」のリスクが極めて高い。
3. 戦略の核:マイクロ互助ネットワークと共同炊事
大規模な組織単位ではなく、「2〜5軒の小規模単位(マイクロ互助)」での対応が最も合理的かつ実効性が高いと位置づけます。
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究極の初動対応とリソース補完: 数軒隣であれば大声で即座に安否確認が可能。また、備蓄品(コンロ、水、トイレ等)を各家庭で分散して管理・共有することで負担を軽減する。
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トラウマインフォームド・ケアとしての「共同炊事・共食」: 在宅避難における最大の敵である「精神的孤立」を防ぐため、1日1回食材を持ち寄って共に食事を作る。これは恐怖の言語化や自然な健康観察に繋がる強力な心理的介入となる。
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高齢者の役割(出番)の創出: 団塊の世代の女性たちが長年培ってきた「顔の見える関係性(ソーシャルキャピタル)」と家事経験を最大限に活かし、被災者としてではなく「コミュニティを支える主体」としての自己肯定感を回復させる。
4. 実行に向けた3ヵ年活動計画(ロードマップ)
定型的な訓練から「在宅避難体制作り」へ移行するための段階的アプローチです。
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第1年次(導入期): 昼間の安全な時間帯に参集し、2〜5軒単位のグループで「水と電気が止まったらどう生き延びるか」を話し合い、各自の備蓄状況を確認する(意識の変容)。
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第2年次(展開期): 実際に資機材や非常食を持ち寄る訓練、携帯トイレの実践講習、チーム内での要配慮者への個別対応ルールを決定する(実践スキルの習得)。
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第3年次以降(定着期): ローリングストックを用いた共同炊事・共食イベントの開催、および公園や公民館を「活動拠点(ハブ)」として運用するルールの策定(互助ネットワークの完成)。
5. 行政へのアドボカシー(政策提言)と将来展望
住民主体の取り組みを持続可能なものにするため、制度的な裏付けを獲得します。
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「地区防災計画」への位置づけ: 本計画での活動実績を明文化し、災害対策基本法に基づく「地区防災計画」として市へ提案する。これにより、活動の継続性担保と行政支援を引き出す根拠とする。
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行政への要求: 指定避難所以外の活動拠点(公民館等)に対するハード面の設備強化や、地域防災リーダーに対する公務災害補償等のセーフティネット整備を継続的に働きかける。
結論: 行政に依存する受け身の姿勢から決別し、地域住民が自らの手と繋がりで命と尊厳を守り抜くこと。この「マイクロ互助と共食」のシステムを今から習慣化しておくことが、将来的なコミュニティ・レジリエンスの確立に繋がり、ひいては全国の高齢化地域の優れたロールモデルとなります。
弥富市五之三地区防災会における在宅避難体制と小規模互助ネットワークを基軸とした活動計画の戦略的展望
1. 序論:超高齢社会における地域コミュニティのレジリエンスと防災パラダイムの転換
気候変動に伴う気象災害の激甚化や、南海トラフ巨大地震の発生切迫性が社会的課題として指摘される現代において、地域コミュニティが内包する脆弱性とレジリエンス(回復力)の再評価が急務となっている。
愛知県弥富市は、市域の広範が海抜ゼロメートル地帯に属し、ひとたび巨大災害が発生した場合には、地震動や液状化に加え、津波および河川堤防の決壊による甚大な浸水被害が想定される極めて特殊な地理的条件を有している 。
このような環境下において、発災時の初期対応を公的機関(公助)に依存することは、リソースの枯渇や物理的アクセスの遮断といった観点から極めて非現実的である。
本報告書は、弥富市五之三川平地区の通称「宮地鉄工団地」に居住する団塊の世代を中心とした高齢者(主に女性)から、五之三地区防災会に対して提起された「要支援者名簿の登録と行政による支援の要請」という切実な課題を出発点とする。
この提起に対し、「市役所に名簿登録を行っても、実質的な救助活動は地区防災会に委ねられる」という構造的な限界を説明し、住民の一定の理解を得たことは、地域防災におけるパラダイムシフトの重要な契機となる。
本稿の目的は、指定避難所への一斉避難という形骸化した従来型モデルから脱却し、2〜5軒単位の小規模な互助ネットワークによる「在宅避難体制」の構築、および「共同炊事を通じた心理的安定性の確保」へと移行するための戦略的ロードマップを提示することにある。
現在75歳から80歳を迎える団塊の世代が、今後5年から10年を経て本格的な後期高齢者となる未来を見据え、彼女たちが長年培ってきた「顔の見える関係性」というソーシャルキャピタル(社会関係資本)をいかにして防災インフラへと変換するか。
建築工学に基づく被害予測、災害心理学における孤立防止の知見、および災害対策基本法に基づく最新の制度設計を多角的に参照しながら、今後の五之三地区防災会が取り組むべき実践的な活動課題を網羅的かつ精緻に論証する。
2. 弥富市五之三(川平)地区における災害外力とハザードの二極化シナリオ
地域に即した実効性のある防災計画を立案するためには、まず対象地域が抱える特有のハザード(災害外力)の性質を客観的データに基づいて定義し、住民に提示するシナリオの妥当性を検証する必要がある。
本地区においては、災害の規模によってとるべき避難行動が根底から覆るため、リスクシナリオの二極化を正確に認識することが出発点となる。
2.1 壊滅的被害シナリオ:地域全体の広域水没と市外避難の必然性
弥富市は、南海トラフ地震防災対策推進地域に指定されており、想定最大規模の地震が発生した場合、市中南部では震度7クラスの激しい揺れが想定されている 。
川平地区を含む市域の大部分は砂・泥を主とした層で形成された埋立地や海抜ゼロメートル地帯であり、地盤の液状化指標値(PL値)が15を超える「きわめて液状化の可能性が高い」地域に分類されている 。
最悪のシナリオ(スーパー伊勢湾台風クラスの高潮、あるいは南海トラフ巨大地震に伴う広範な堤防決壊)においては、津波の到達時間(約81分後)を待たずして、地震発生直後の10分以内から河川堤防の沈下・破堤による急激な河川氾濫が開始すると想定されている 。
五之三川平地区においては、最大浸水深が2mから5mに達すると予測されており、この水準の浸水が発生した場合、木造家屋の半数からほとんどが全壊、あるいは2階部分まで完全に水没する致命的な事態となる 。
このような「堤防が完全に機能不全に陥る」壊滅的シナリオにおいては、地区内での避難生活は物理的に不可能であり、行政の広域避難計画に基づく市外への事前避難、あるいは発災前の広域脱出が唯一の生存戦略となる。
2.2 現実的被害シナリオ:堤防残存下におけるライフラインの長期喪失
一方で、住民に対する防災研修等で想定すべき最も現実的かつ対処可能なシナリオは、「通常の南海トラフ地震」の発生である。
このシナリオにおいては、激しい地震動と液状化は発生するものの、木曽川等の主要堤防が完全には決壊せず、地域全体が水没する事態は免れる。
しかしながら、地盤の液状化に伴う地下埋設物の破壊により、上水道管の広範な破断、電柱の倒壊による長期停電、および道路網の寸断による孤立化が確実視される。
すなわち、家屋という物理的シェルター自体は存続し、水没も免れるが、生活を支えるインフラストラクチャー(電気・水道・ガス・通信)が長期間にわたって途絶する状態である。
この現実的シナリオにおいて、住民は「倒壊していない自宅」あるいは「安全な近隣の家屋」に留まりながら、自律的に生活を維持する「在宅避難」を強いられることとなる。
この二極化されたシナリオのうち、後者に対してどのように備えるかが、五之三地区防災会の中核的な検討課題となる 。
3. 建築年次別被害予測に基づく「在宅避難」の科学的妥当性
「在宅避難」を地区の基本戦略として採用するためには、地震動に対する家屋の残存確率が十分に高いことが前提となる。
住民への説明において言及された「2000年以降の家は1〜2%の被害、1981年以降はせいぜい10%程度、昭和56年(1981年)以前の宮地鉄工団地等の建物は2〜3割の被害が見込まれる」という推定は、近年の大地震における実被害の統計データと極めて高い精度で符合しており、防災計画の基盤となる確固たる科学的根拠を構成している。
国土交通省および関連研究機関の調査によれば、建築基準法の大改正が行われた1981年(昭和56年)を境界とする「旧耐震基準」と「新耐震基準」、さらに接合部の仕様等が厳格化された2000年(平成12年)の「現行基準」によって、激震時における建物の倒壊・崩壊率には決定的な差異が生じることが証明されている 。
2016年の熊本地震における益城町中心部の木造建築物被害状況調査では、1981年5月以前に建築された旧耐震基準の住宅の倒壊・崩壊率が約28.2%に達したのに対し、1981年6月から2000年5月までの新耐震基準住宅は約8.7%、2000年6月以降の基準を満たす住宅はわずか2.2%に留まっている 。
さらに、令和6年の能登半島地震(輪島市、珠洲市等)の調査においても、旧耐震住宅の倒壊・崩壊率が19.4%であったのに対し、1981年〜2000年基準は5.4%、2000年以降の基準では0.7%と、建築年次が新しくなるにつれて被害率が劇的に低下する同様の傾向が確認されている 。
五之三地区において2017年に実施された防災対策実態調査によれば、地区内の住宅のうち約25.4%が昭和56年以前に建築されており、耐震対策を実施済みの割合はわずか8.5%に過ぎない 。
宮地鉄工団地のように昭和56年以前の旧耐震建築物が集中するエリアにおいては、地震の規模によっては建物の2割から3割が致命的な損壊を受けるリスクが存在することは疑いようのない事実である。
しかし、このデータを逆説的に捉えれば、昭和56年以前の脆弱な家屋であっても、約7割から8割は(一部損壊や半壊等のダメージを負いつつも)完全な倒壊には至らず、物理的な空間として残存することを意味している。
1981年以降の建物を合算すれば、地区内の圧倒的多数の家屋は、被災後も雨風を凌ぐシェルターとしての機能を維持し続けるのである。
したがって、これらの残存する家屋を最大限に活用し、倒壊を免れた住居に身を寄せる「在宅避難体制」を構築することは、単なる理想論ではなく、極めて合理的かつ数学的に裏付けられた唯一の現実解であると言える。
| 建築年次区分 | 適用される耐震基準 | 熊本地震における倒壊・崩壊率 | 能登半島地震における倒壊・崩壊率 | 五之三地区における推定構成比 |
|---|---|---|---|---|
| 1981年以前 | 旧耐震基準 | 約28.2% | 19.4% | 約25.4% |
| 1981〜2000年 | 新耐震基準 | 約8.7% | 5.4% | 約26.6% |
| 2000年以降 | 2000年基準(現行) | 2.2% | 0.7% | 約31.8% |
|
(出典:国土交通省資料、および五之三地区防災対策実態調査結果 より推計・構成) |
4. 行政主導の「要支援者名簿」の構造的限界と公助の幻想
宮地鉄工団地の高齢女性たちから提起された「市役所での要支援者名簿への一斉登録」という要望の背後には、「公的な名簿に登録さえすれば、いざという時に行政のレスキューチームが助けに来てくれる」という、公助に対する過度な期待と誤解が存在している。
この要望に対し、地区防災会が「仮に市役所に登録してもらっても、結局は地元の大黒さんや地区防災会に『何とかしてください』とお願いが来るだけである」と現実を説明し、理解を得たことは、地域防災の正しい認識を形成する上で極めて重要なステップであった。
災害対策基本法第49条の10等に基づき、市町村は「避難行動要支援者名簿」を作成することが義務付けられており、平時から本人の同意を得た上で、消防機関、民生委員、そして自主防災組織(町内会等)に対して情報提供を行う制度が整備されている 。
しかし、この制度が抱える致命的な欠陥は、情報の「リスト化」がそのまま「支援の実行力」を担保するものではないという点にある。
大規模災害の発災直後において、市町村の行政職員の多くは自らも被災者となり、庁舎の機能維持や広域的な情報収集、幹線道路の啓開などにリソースを割かざるを得ない 。
道路が液状化や瓦礫によって寸断される中、市役所の職員が個別の要支援者の自宅をピンポイントで訪問し、救助や物資の配布を行うことは物理的に不可能である。
結局のところ、名簿という機微な個人情報を渡された末端の自主防災組織や町内会長が、自らの命の危険を冒して安否確認や救出活動を担わざるを得ないのが実態である 。
さらに、巨大な地区防災会や町内会(数百世帯規模)の単位で、特定の役員が数百名分の要支援者名簿を管理し、発災時に一斉に安否確認を行うというモデルもまた、早々に破綻することが目に見えている。
通信網が遮断された状況下で、少数のリーダーが広範囲を駆け回ることはできず、情報のボトルネックが発生するためである。
したがって、行政が管理するトップダウンのリストに依存するのではなく、住民自身が自律的に周囲の状況を把握し、即座に行動できるボトムアップ型の仕組みの構築が急務となる。
5. 指定避難所運営の破綻リスクと「小規模・在宅避難チーム」の優位性
公助の限界が明らかになったとき、次なる選択肢として浮上するのが、弥生小学校や多目的センターなどの「市指定避難所」への避難である 。
しかし、これらの施設は、地区の全住民を長期間収容できるだけの物理的キャパシティを有していない。
さらに深刻な問題は、避難所という閉鎖空間における生活環境の劣悪化である。
過去の震災事例(東日本大震災、熊本地震、能登半島地震等)が示す通り、数百人が密集する避難所では、プライバシーの完全な欠如、新型コロナウイルスやインフルエンザ等の感染症の爆発的な蔓延リスク、そしてトイレの排泄物処理の滞りによる深刻な衛生環境の悪化が不可避的に生じる 。
これらのストレスは、特に高齢者や持病を持つ人々にとって致命的であり、地震そのものの揺れを生き延びたにもかかわらず、その後の過酷な避難生活によって命を落とす「災害関連死」を引き起こす最大の要因となっている 。
五之三地区における実態調査(2017年)においても、水害や津波時に「自宅や近所の2階など」を緊急避難先として予定している世帯が半数を超えており、公的な避難所に対する収容不安や集団生活への心理的抵抗感が既に顕在化していることが読み取れる 。
5.1 2〜5軒単位での「マイクロ互助ネットワーク」の構築
弥生小学校などで「結局自分たちで何とかしなければならない」のであれば、不特定多数が密集するストレスフルな環境にわざわざ移動するのではなく、住み慣れた自宅、あるいは安全が確認された近隣の家屋において、少人数でリソースを共有しながら生活する方が遥かに理にかなっている 。
そこで提起されるのが、「2、3軒から5軒程度の極めて小さな単位(マイクロ互助ネットワーク)でチームを組み、助け合う」というアプローチである。
大阪府吹田市(山二地区)などの先進的な防災活動事例では、組織の高齢化や担い手不足を逆手に取り、従来の大規模な組織を細分化し、ごく小規模な班単位で活動を再編することで、かえって住民一人ひとりの当事者意識が高まり、実効性のある安否確認や初期消火が可能になったことが報告されている 。
宮地鉄工団地においてこのマイクロ互助ネットワークを形成することは、以下の劇的な運用上のメリットをもたらす。
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究極の初動対応(安否確認の即時性): 数軒隣であれば、発災直後に大声で呼びかけるだけで互いの無事を確認できる。誰が寝たきりか、誰が透析患者かを熟知しているため、名簿の参照すら不要である 。
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リソース(備蓄品)の相互補完: 各家庭がすべての防災用品を完璧に備蓄することは経済的・空間的に困難であるが、チーム内であれば「A宅はカセットコンロとガスボンベを大量に持つ」「B宅はペットボトルの飲料水を備蓄する」「C宅は簡易トイレのセットを管理する」といった具合に、機能とリスクを分散させ、互いに補完し合うことが可能になる 。
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役割分担による負担の均伝化: 特定の防災リーダーや区長に過酷な責任が集中するのを防ぎ、高齢者であっても「自分にできること(例:ラジオで情報を聞く、おにぎりを握る)」を通じてチームに貢献できる自律分散型の体制が構築される 。
6. 災害時の心理的孤立と「共同炊事・共食」がもたらすトラウマインフォームド・ケア
在宅避難を継続する上で、食料やトイレといった物理的物資の枯渇と同じレベルで警戒しなければならないのが、被災者の「精神的孤立」とそれに伴う心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病の発症である。
今後の地区防災会の構想において「将来的には1日に1回、カセットコンロや食材を持ち寄って共同炊事をし、一緒にご飯を食べる」というビジョンが示されているが、これは単なる栄養補給の合理化にとどまらず、災害時における最も強力な心理的介入(トラウマインフォームド・ケア)として機能する。
6.1 高齢者の孤立化メカニズムと共食の治療的効果
東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼市において、65歳から84歳の高齢者5,034名を対象に行われた大規模な孤独感の調査研究では、孤独感と有意に関連する要因として「非対面交流の欠如」「孤食」「社会活動の欠如」「震災後の相談環境のネガティブな変化」が特定されている 。
大災害によって物理的な日常が破壊され、余震の恐怖と将来への不安が蔓延する中、暗い家屋の中で各家庭が孤立し、黙々と冷たいインスタント食品を消費し続ける生活は、極度のストレスと絶望感を増幅させる 。
これに対する最も有効な防波堤が「共同炊事と共食(ともに食事を作って食べること)」である。
研究の結論においても「被災地の取り組みとして、会食機会の提供等、食を通したコミュニティづくりが孤独感の軽減に効果的である」と明確に提言されている 。
小規模チームで1日に1回集まり、持ち寄った食材で温かい食事を作る行為は、以下のような多面的な効果を生み出す。
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カタルシスの提供と不安の言語化: 食事を共にしながら「あの揺れは怖かった」「夜も眠れない」といった感情を吐露し合うことで、恐怖が言語化され、他者と共有される。これにより感情の滞留が防がれ、パニックや急性ストレス障害への進行が緩和される。
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安否確認と健康スクリーニングの自然な実行: 毎日決まった時間に顔を合わせることで、意図的な「見回り」を行わずとも、顔色、食欲、会話の反応を観察することができる。体調の悪化や認知機能の低下の兆候を早期に察知し、手遅れになる前に医療や福祉の支援に繋ぐことが可能となる。
6.2 団塊の世代(女性)のソーシャルキャピタルと役割の再獲得
戦略的観点から特に注目すべきは、現在の年齢層である。宮地鉄工団地に居住する団塊の世代(現在75〜80歳)の女性たちは、高度経済成長期から昭和後期にかけて、この地域で共に子育てを行い、醤油の貸し借りや井戸端会議といった、極めて密度の高い「顔の見える関係(対面交流)」を構築してきた歴史的背景を持つ。
彼女たちが有するこの強力なソーシャルキャピタルは、現代の新興住宅地には見られない圧倒的な防災資産である。
災害という非日常において、支援を受けるだけの「無力な要配慮者」として扱われることは、高齢者の尊厳を傷つけ、生きる気力を奪う原因となる。
しかし、共同炊事という文脈においては、彼女たちは長年の家事経験を最大限に発揮できる「熟練のプロフェッショナル」となる。
「限られた食材と少量の水で、いかに美味しく温かい食事を作るか」という課題に対し、食材を工夫し、調理を担うという「役割(出番)」を持つことは、失われた自己肯定感を取り戻し、生きがいを再獲得するエンパワメントのプロセスそのものである 。
現在75歳から80歳の彼女たちが、今のうちにこの「助け合い、共に食べる」システムのシミュレーションを行い、習慣化しておくことは極めて重要である。
今後5年、10年が経過し、真の意味での後期高齢者(80代後半から90代)となり、体力的・認知的な衰えが顕著になった時期に巨大地震が発生したとしても、今形成した「持ち寄りと共食のネットワーク」のプロトコルが身体の記憶とコミュニティの暗黙知として定着していれば、それがそのまま生命維持のセーフティネットとして機能するからである。
7. 五之三地区防災会 3ヵ年活動計画(ロードマップ)の提案
上記のような高度な自律的互助システムは、一夜にして構築できるものではない。「避難所開設訓練」という行政主導の定型的な訓練から脱却し、「在宅避難体制作りの訓練」へと舵を切るためには、明確なマニュアルが存在しない手探りの状態から、住民自身が話し合い、シミュレーションを重ねていく必要がある。
そこで、今年度10月の防災訓練を起点とし、3年間の段階的なステップアップを想定した活動計画(ロードマップ)を以下に提示する。
7.1 第1年次(導入期):パラダイムの転換と情報交換チームの形成
目標: 指定避難所への依存意識を払拭し、小規模な顔の見える関係を再構築する。 実施内容(10月防災訓練):
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訓練のコンセプト変更: 大規模な避難所開設や消火訓練ではなく、「在宅避難を前提とした安否確認と情報交換」に特化する。
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安全な時間帯での集合訓練: 発災当日あるいは翌日の「昼間(視界が確保され、安全に移動できる時間帯)」を想定し、川平地区の五反波公園や新田川平公民館に、移動可能な者だけが参集する。
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ワークショップ形式でのシミュレーション: 参集した住民を近隣の2〜5軒ごとのグループに分け、白地図や模造紙を用いながら「もし今、水と電気が止まったら、このメンバーでどうやって1週間を生き延びるか」を話し合う 。
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備蓄の相互確認: 簡易トイレ、ペットボトルの水、カセットコンロなど、誰が何をどれくらい持っているか、あるいは何が足りないかを各家庭で自己点検し、チーム内で情報を共有する。
7.2 第2年次(展開期):物理的リソースの持ち寄りと実践スキルの習得
目標: 形成された小規模チーム内でのリソース補完体制の可視化と、具体的な生活維持スキルの獲得。 実施内容:
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資機材の持ち寄り訓練: 実際に自宅からカセットコンロ、鍋、備蓄水、非常食(アルファ米等)を公園や公民館に持ち寄ってみる。これにより、「高齢者が水を運ぶことの物理的困難さ」や「ガスの使用期限切れ」といった実践的な課題を浮き彫りにする。
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排泄環境確保の実践講習: 在宅避難の最大のネックとなる「トイレ問題」に特化し、既存の洋式トイレに被せて使う携帯トイレ・便袋の正しいセッティング方法や、臭気を防ぐ保管方法に関する講習をチーム単位で実施する 。
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要支援者の個別対応ルールの決定: チーム内に自力歩行が困難な者や、日常的な医療ケアが必要な者がいる場合、「誰が安否を見に行くか」「誰が代わりに配給物資を受け取りに行くか」という具体的な役割分担をチーム内で決定する(インフォーマルな個別避難計画の策定)。
7.3 第3年次以降(定着期):共同炊事の実装と拠点のハブ機能化
目標: 防災活動の日常化と、心理的コミュニティの強靱化。 実施内容:
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「持ち寄り共同炊事・共食」の実証実験: 年に1〜2回、チーム単位で持ち寄った賞味期限間近の備蓄食料(ローリングストック)やインスタント食品を用いて、カセットコンロで共同調理を行い、一緒に食事をするイベントを開催する。防災訓練という名目ではなく、「地域のお茶会・食事会」の延長として実施することで、心理的安定性の確保という本来の目的を達成する 。
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防災拠点の機能ルールの策定: 5丹波公園や新田川平公民館を、小規模チームだけでは解決できない問題(全体への情報伝達、市役所からの救援物資の一括受領と分配、急病人の一次集積)を処理するための「活動拠点(ハブ)」としてどのように運用するか、地区防災会全体としてのルールを定める。
8. 行政機関へのアドボカシーと「地区防災計画」の法的位置づけ
上記のような住民による主体的な取り組みを持続可能なものとし、活動の実効性をさらに高めるためには、これを単なる「町内会の任意の自主活動」にとどめておくべきではない。
公的な制度的裏付けを持たせ、行政に対して適切な連携と支援を要求していく戦略的なアプローチが必要である。
8.1 災害対策基本法に基づく「地区防災計画」の策定と提案
2013年(平成25年)の災害対策基本法の大改正により、市町村内の一定の地区の居住者や事業者が、自発的な防災活動に関する「地区防災計画」の素案を作成し、市町村防災会議に対して「市町村地域防災計画」への反映を正式に提案できるボトムアップ型の制度が創設された 。
五之三地区防災会が取り組もうとしている「2〜5軒単位のマイクロ在宅避難チームの構築」および「共同炊事を通じた心理的ケアとコミュニティ維持」の枠組みは、まさにこの「地区防災計画」が企図する住民主体の防災力向上の理念に完全に合致するものである。
本報告書で提示したロードマップに基づく活動実績を蓄積し、ワークショップでの議論や取り決めを明文化して「五之三地区防災計画」としてまとめ上げ、弥富市へ提案することを目指すべきである 。
計画が市の地域防災計画に公式に位置づけられることで、以下のような絶大なメリットが生じる。
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属人性の排除と継続性の担保: 将来的に防災会長や区長が交代し、世代が変わったとしても、公式な計画として文書化されていれば、活動の理念とノウハウが地域社会の共有財産として継承される。
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行政支援を引き出す強力な根拠: 簡易トイレやカセットコンロなどの防災資機材の購入補助、あるいは専門家(防災士やファシリテーター)の派遣要請などを市に求める際、公式な計画に基づいた要求であるとして、極めて高い正当性を得ることができる。
8.2 公民館等の活動拠点化に向けた行政への働きかけ(制度的課題の克服)
今回問題提起をされた住民の方々が疑問に感じている「五反波公園や新田川平公民館を活動拠点としてどう活用していくか」という点は、実は現在の行政の制度的な隙間を突く非常に鋭い指摘である。
弥富市の現在の防災行政においては、指定避難所以外への避難(いわゆる在宅避難や、公民館等の未指定施設への自主避難)に対する実態把握や、それらの施設を防災拠点として積極的に支援・運用することに対して、極めて消極的な姿勢が一部で示されているという指摘がある 。
しかし、国(内閣府)のガイドラインにおいて在宅避難や分散避難が強く推奨される中、大規模な指定避難所から漏れた住民を支援するために、地域の身近な集会所や公園が「情報伝達の中継拠点」「支援物資の二次配分ハブ」「軽症者の一次待機場所」として機能することは、もはや避けて通れない現実である 。
したがって、五之三地区防災会、および区長や相談役といった地域のリーダー層は、住民が主体となって考えたシミュレーションの結果や実践の成果を強力なエビデンスとして携え、市の行政(危機管理担当部局等)に対して以下の提言(アドボカシー)を継続的に行っていく必要がある。
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未指定避難施設(公民館等)の設備強化の要求: 新田川平公民館等の身近な施設がハブとして機能するよう、停電時にも稼働する非常用電源(太陽光パネルと蓄電池)の配備や、災害用マンホールトイレの設置など、最低限のハード面の強化を市に求める。
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地域リーダーに対する公務災害補償等のセーフティネット整備: 災害時に要支援者の安否確認や、共同炊事のコーディネートに奔走する地域の防災リーダー(区長、班長、自主防災会役員等)は、常に二次災害の危険に晒される。彼らが安心して活動できるよう、活動中の負傷等に対する公務災害補償に準ずる制度的な保護枠組みを市全体で整備するよう要求する 。
9. 結論と戦略的展望:依存から自律へ、コミュニティが紡ぐ真のレジリエンス
弥富市五之三町川平地区の宮地鉄工団地をはじめとする五之三地区における今後の防災の要諦は、行政による「公助」の物理的・リソース的限界を極めて冷静に認識し、市役所への名簿登録や指定避難所という「箱」への移動を前提とした受動的かつ従来型の防災パラダイムから、完全に決別することにある。
本報告における多角的な分析が示す通り、昭和56年以前の旧耐震家屋であっても約7割から8割が激震に耐えうるという建築工学的なデータに基づく「在宅避難」への戦略的シフトは、感染症リスクの低減やプライバシーの保護という観点から、消極的な選択ではなく極めて積極的かつ合理的な選択である。
しかし、在宅避難は同時に、ライフラインの途絶下における個人の「物理的・精神的な孤立化」という致命的なリスクを内包している。
この孤立という最大の敵を打破する鍵こそが、2〜5軒単位という極小規模の「マイクロ互助チーム」の結成であり、食材や資機材を持ち寄って共に食事を囲む「共同炊事・共食」の実践に他ならない。
このボトムアップ型のアプローチは、単に水や食料を効率的に分配し物理的な生存確率を高めるだけではない。
かつて共に子育てを行い、深い絆を築いてきた団塊の世代の女性たちに対し、災害時において「行政から助けられるだけの無力な存在」ではなく、「地域のために食事を作り、互いの命を支え合う主体」としての役割を再び与えるものである。
共に温かい食事を作り、対話する場は、災害がもたらす喪失感や恐怖を和らげる最良の心理的治療(トラウマインフォームド・ケア)となり、地域社会のソーシャルキャピタルを劇的に再活性化させる力を持つ。
「結局、市役所は何もしてくれない」という当初の落胆は、逆説的に「自分たちの命と生活の尊厳を、自分たちの手と繋がりで守り抜く」という、真の意味でのコミュニティ・レジリエンス(地域社会の強靱性)を醸成するための最高の出発点となる。
五之三地区防災会が、今年度の「安否確認と情報交換を兼ねたワークショップ型訓練」を確かな端緒とし、数年がかりでシミュレーションと実践を積み重ね、10年先を見据えた強靱で温かい互助ネットワークを築き上げることができれば、それは単なる一地区の成功事例にとどまらず、災害対策基本法に基づく「地区防災計画」の最も優れたロールモデルとして、日本全国の高齢化する地域社会を導く希望の光となることが確信される。
