五之三地区防災会 災害時要支援者名簿に関する現状と課題について
1. 災害時要支援者名簿の制度と現状 災害時要支援者名簿は、過去の大災害の教訓を踏まえた国の指針に基づき、基礎自治体(弥富市)が事業主体となって整備が進められている。
現行の仕組みでは、要支援者が自ら市に対して申請を行い、その際に「支援を行う自治会等へ情報開示する」ことに同意した上で名簿に登録される。
しかし、申請手続きにおいて、個人情報の取り扱いや支援の限界などの重要事項が、要支援者本人にどこまで明確に説明され、理解されているか(十分なチェックリストに基づく署名・確認など)については疑問が残る状況である。
2. 行政(弥富市)の対応に関する問題点
市は要支援者名簿の情報を収集し、自主防災会や自治会(区長)に提供している。
しかし、名簿を地域に提供した後の行政の姿勢には以下の課題がある。
-
実働の丸投げと説明不足: 市の職員自らが安否確認や避難誘導を行うわけではなく、実質的に自治会へ役割を委ねているにもかかわらず、その具体的な方法に関する「お願い」や「指示」がほとんどなされていない。
-
個人情報保護への偏重: 名簿提供時、個人情報の取り扱いに関する注意喚起は非常に厳しい一方で、「この情報を活用して地域でどのように助け合えばよいのか」という本質的な運用に関する説明が欠如している。
-
引き継ぎ体制の不備: 自治会の役員(区長等)は1〜2年で交代するため、年度初めに市から名簿の趣旨や運用について丁寧な説明が必須である。しかし、現状ではそのような体制が取られておらず、役員が適切に運用を理解できる環境にない。
3. 要支援者の認識と個別避難計画の実態
名簿を提出した要支援者は「行政(市)が何とかしてくれる」という誤った期待を抱いている可能性が高い。
国が目指す本来の姿は、行政・福祉機関・自治会・近隣住民が協力し、自力で避難行動がとれない要支援者1人1人の「個別避難計画」を事前に策定することである。
しかし、市の取り組みはモデルケース数件程度に留まり、数千人規模の登録者に対して全く進んでいない。
一方で、五之三地区の現場の実感として、名簿登載者の大半は、ある程度の自力避難や自己判断が可能な方々である。
本当に自分1人では動けない方については、市の福祉機関や介護・障害者福祉の専門家が中心となって避難計画を策定すべきであり、一概に「自治会による個別避難計画の策定率が低い」ことを地域の責任とするのは実態にそぐわない。
4. 五之三地区防災会における取り組み
対象者(一人暮らしの高齢者、高齢者世帯、妊婦等)が災害弱者であることは事実であるため、当防災会では行政の不備を補うべく、独自の取り組みを進めている。
-
要支援者向け防災講習会の実施: 数年前から、自治会役員向けの講習内容に準じ、地域の災害リスクの自覚や家庭での備えに関する講習会、小グループでの話し合いを隔年程度で開催している。
-
役員間での名簿の共有と把握: 本年5月の講習会において、地区ごとの対象者(氏名、住所、年齢、要支援の要因)を一覧にし、各担当役員に共有した。担当エリア内で「誰が名簿に登録されているか」を最低限把握するための措置である。
5. 今後の課題
-
講習会の参加率向上: 要支援者向けの防災講習会を実施しているものの、参加率の低さが大きな課題となっている。
-
災害発生時の具体的支援の構築: 発災時の「安否確認」は最優先で実施する体制を整えつつあるが、その後の「避難誘導」や「具体的な支援」をどのように行うかは未確定である。
-
市への働きかけ: 市に対しては、名簿を「渡しっぱなし」にするのではなく、地域がどう動くべきかの明確な方針の提示と、実効性のある避難支援体制の構築を強く求めていく必要がある。
報告書:災害時個別避難支援の現状と課題
―弥富市五之三地区防災会の現場視点からみる「名簿」の形骸化と実効性確保への提言―
1. はじめに:制度の背景と現状
東日本大震災等の教訓を経て、災害対策基本法が改正され、自治体には「避難行動要支援者名簿」の作成と、それに基づく「個別避難計画」の策定が努力義務化された。しかし、本地区(弥富市五之三地区)における運用実態を鑑みると、名簿の受け渡しが目的化しており、実際の避難支援に結びつく「実効性」が著しく欠如していると言わざるを得ない。
2. 名簿提供プロセスにおけるインフォームド・コンセントの不備
-
現状と課題: 要支援者が市に名簿登録する際、「自治会・防災会へ情報提供される」旨の同意は取られている。しかし、その同意は形式的な書類上のものであり、契約における「重要事項説明」のような、情報の使われ方や責任の所在に関する深い理解(インフォームド・コンセント)を伴っていない。
-
論理的補強: 内閣府の指針では、名簿情報の共有にあたり「本人への丁寧な説明」を求めている。現状の「出しっぱなし」の仕組みでは、登録者側に「出したからには行政が責任を持って助けてくれる」という**公助への過度な期待(依存心)**を生んでしまい、自助・共助の意識を阻害するリスクがある。
3. 市(行政)から地域への「丸投げ」と具体的指針の欠如
-
現状と課題: 弥富市は個人情報の管理には厳格(過剰なまでの注意喚起)であるが、その情報を**「いかに活用して命を救うか」**という具体的な運用指針や訓練の要請がほとんどない。
-
論理的補強: 多くの論文で指摘されている通り、自治会役員は1〜2年で交代する流動的な組織である。情報の取扱いルールだけを伝え、具体的な支援手順(誰が、どのタイミングで、どこへ)を示さない現状は、現場の役員にとって心理的・物理的負担(過剰な責任感と不安)を与えるのみとなっている。年度初めの継続的なレクチャー体制の構築は急務である。
4. 個別避難計画策定の遅滞と名簿の実態解離
-
現状と課題: 国が推進する「個別避難計画」の策定が進んでいない。一方で、名簿登録者の多くが「自力避難が可能、あるいは自己判断ができる」層(一人暮らし高齢者等)であり、真に専門的な介助を要する層との選別がなされていない。
-
論理的補強: * 分母の精査: 全登録者に対して一律に計画を作るのは現実的ではない。福祉専門職(ケアマネジャー等)が関与すべき「高リスク層」と、近隣の共助で対応可能な「一般層」に層別化する必要がある。
-
策定率の罠: 策定率という数字を追うのではなく、地域の実情(5-3地区の肌感覚)に即した優先順位付けが、限られた地域資源を有効活用する鍵となる。
-
5.五之三地区防災会による独自の先駆的取組と課題
-
実践内容: 1. 防災講習会の実施: 要支援者本人に対し、地域のリスク自覚と家庭内備蓄を促す教育活動。 2. 小グループ対話: 顔の見える関係性の構築。 3. 情報の可視化: 役員による担当エリア内の要支援者の把握(5月の講習会での一覧共有)。
-
課題: 依然として参加率が低い。
基礎自治体における災害時要支援者名簿の運用実態と地域防災組織の課題に関する検証報告書:弥富市五之三地区防災会の事例を中心とした多角的考察
1. 序論:災害対策のパラダイムシフトと地域防災現場における乖離
近年、気候変動に伴う自然災害の激甚化・頻発化を背景として、災害時に自力での避難が困難な高齢者や障害者等の「要配慮者」の命をいかに守るかが、我が国の防災行政における最重要課題の一つとなっている。
特に東日本大震災(2011年)において高齢者や障害者が多数犠牲となった教訓を受け、2013年の災害対策基本法改正により、市町村長に対して「避難行動要支援者名簿」の作成が義務付けられた 。
さらに、令和元年(2019年)台風19号等の被害実態を踏まえ、名簿という「リスト」の作成だけでは実効的な避難支援に結びつかないことが浮き彫りとなり、2021年(令和3年)の同法改正では、要支援者一人ひとりに対して「誰が・どこへ・どのように」避難を支援するかを具体的に定める「個別避難計画」の作成が市町村の努力義務として法制化されるに至った 。
この法改正に伴い、内閣府は「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」を改定し、行政、福祉専門職、そして地域住民(自治会・自主防災組織等)が連携して計画を策定する体制づくりを全国の基礎自治体に求めている 。
とりわけ、愛知県弥富市は南海トラフ巨大地震に伴う津波被害や、海抜ゼロメートル地帯という地理的特性から河川氾濫による大規模水害のリスクを抱えており、迅速な避難行動の成否が住民の生死に直結する極めて脆弱な環境下にある 。
しかしながら、国家レベルで策定された理念や指針と、実際の基礎自治体における運用実態、さらにはその下部組織である区・自治会・自主防災会が直面している現場の現実との間には、深刻な乖離が存在している。
本報告書は、弥富市五之三地区防災会から提起された実務上の課題および現場の「肌感覚」に基づく観察を出発点とし、各種法令、内閣府の取組指針、全国的な統計データ、ならびに弥富市の公式議事録やマニュアル等を参照しながら、現在の避難行動要支援者制度に内在する構造的欠陥と運用上の限界を網羅的に検証するものである。
具体的には、情報の提供と同意に関わる心理的・契約的非対称性、行政から地域組織への過度な責任転嫁とガイダンスの欠如、要支援者の実態に即したトリアージの必要性、そして自主防災組織における持続可能な支援体制のあり方について、多角的な視座から第二・第三次の洞察を展開し、今後の地域防災計画に向けた具体的な示唆を提示する。
2. 制度設計における「同意」の非対称性と行政サービスへの過剰期待
2.1. インフォームド・コンセントの欠如とパターナリズムの発生
現在の避難行動要支援者名簿制度は、原則として手挙げ方式(同意方式)を基礎として運用されている。
弥富市の運用においても、地域における支援を希望する者が自ら名簿に登録し、その個人情報を自主防災組織、民生委員、消防団等の「避難支援等関係者」に平常時から提供することに同意する仕組みが採られている 。
ここで第一の構造的課題として浮上するのが、情報の提供側(要支援者)と受領側(行政および自治会)の間における「同意」の重みと認識の決定的なズレである。
現代社会において、生命保険契約や自動車購入といった民間取引においては、契約条項の重要な事項について消費者が十分に認識しているかを確認するため、重要事項説明書の読み合わせやチェックリストを用いた厳格なインフォームド・コンセントのプロセスが義務付けられている。
対照的に、要支援者名簿の申請プロセスにおいては、申請書の同意欄に署名または押印するのみの極めて簡素な手続きが横行しているのが実態である 。
行政側(弥富市)は要綱や申請書の注意事項において「避難行動要支援者への支援は任意の協力であり、名簿への登録によって災害時の支援を保証するものではない」「関係者は法的責任を負わない」旨を明記してはいる 。
しかし、行政職員による対面での詳細な読み合わせや、リスクの受容確認を徹底する仕組みは構築されていない。
その結果、要支援者側には「市に名簿を提出して個人情報を提供したのだから、災害時には行政(あるいは行政から指示を受けた自治会)が確実に自分を助けに来てくれる」という、行政サービスとしての過度な期待、すなわちパターナリズム(温情主義)への依存が醸成されてしまう。
2.2. 「共助」の限界と事後的トラブルの火種
この「名簿登録=救命の確約」という幻想は、地域コミュニティにおいて極めて危険な心理的非対称性を生み出している。
国や行政が意図する制度の建付けは、あくまで「共助(近隣住民による助け合い)のための情報共有」である 。
しかし、住民が抱く「公助(行政による確実な救済)の一環としての支援」という期待が正面から衝突したまま放置されている。
いざ災害が発生し、自治会役員自身も被災者となって支援が機能しなかった場合、要支援者やその家族から「名簿を出していたのになぜ助けに来なかったのか」という責任追及が生じるリスクは極めて高い。
現場レベルでは、こうした支援の不確実性や責任の所在の曖昧さが大きな心理的障壁となり、自治会や近隣住民が支援の担い手となることを躊躇させる最大の要因となっている 。
行政が契約的な厳密さをもって「支援の限界」を要支援者に認識させるプロセス(チェックリストによる説明と署名保管など)を怠っている現状は、結果として現場の地域住民に道義的リスクを丸投げしているに等しいと言わざるを得ない。
3. 自主防災組織への責任転嫁とナレッジマネジメントの崩壊
3.1. 個人情報保護の呪縛と「名簿の渡しっぱなし」問題
基礎自治体が名簿を作成し、平時から自主防災組織等へ情報を提供する目的は、地域での見守り活動や避難計画の事前策定に役立てるためである 。
しかし、弥富市をはじめとする多くの基礎自治体が直面し、かつ現場の自治会に強いているのが、個人情報保護法制への過剰な警戒感に基づく「名簿の死蔵」という現象である。
弥富市において、名簿を自主防災組織の区長や役員に手渡す際、「個人情報なので取り扱いには十分に気をつけること」「目的外使用の禁止」等が厳格に指導されている 。
個人情報の厳格な管理を求めること自体は法治国家として当然のコンプライアンス措置であるが、問題は「どのように管理すべきか(How to protect)」を強調するあまり、「どのように活用して地域で命を守るか(How to use)」という具体的な戦術的運用手法の提供が著しく欠落している点である。
五之三地区防災会からの報告にあるように、市の防災会全体会等の場においても「安否確認や避難誘導をしてほしい」という抽象的な要望はなされるものの、具体的な支援の手法、避難所までの誘導プロセス、あるいは支援が困難な場合の代替策等についての具体的な指示やお願いは皆無に等しい。
全国的な調査でも、名簿の存在は知っていても、近隣の要支援者の避難支援方法について具体的に話し合ったことがない地域が多数存在する事実が指摘されており 、行政による「名簿の渡しっぱなし」が制度の形骸化を招いている。
3.2. 役員の短期サイクルと属人的システムの限界
この問題をさらに深刻化させているのが、自治会や自主防災組織の構造的弱点である「役員の短期交代制」である。
五之三地区防災会の事例でも指摘されている通り、防災の区長や自治会役員は通常1年、長くとも2年という極めて短いサイクルで交代してしまう。
防災や福祉の専門知識を持たない一般の住民が持ち回りで役員を務める状況下において、行政からの十分なレクチャーや活用方法の伴走支援がないまま「極秘の個人情報リスト」だけを引き継いでも、情報漏洩のリスクを恐れて金庫にしまい込むか、最低限のリストとして保持するにとどまるのは組織行動論的に当然の帰結である。
年度初めに役員が交代するたびに、名簿の意義、個人情報の取り扱いの枠組み、そして具体的な活用方法について、行政側から反復継続的かつ詳細な説明(積極的な引き継ぎ支援)がなされなければ、制度の趣旨が理解されるはずがない。
属人的な記憶や個人の熱意に依存したシステムは持続不可能であり、弥富市がそのようなナレッジマネジメントの体制を取っていないことは、地域防災の末端を担う自主防災組織に対する重大な支援放棄であると結論付けられる。
4. 個別避難計画の策定遅延:全国的傾向と弥富市の実態
4.1. 努力義務化によるパラダイムシフトと統計データの乖離
2021年の災害対策基本法改正により市町村の努力義務とされた「個別避難計画」は、避難行動要支援者一人ひとりについて、誰が支援し、どこへ避難するかを事前に取り決める究極の命綱である 。
しかし、この高い理想と行政の実務遂行能力との間には、絶望的なまでのギャップが存在している。
内閣府および総務省消防庁の全国調査によれば、令和5年(2023年)初頭の時点において、全国の市町村のうち個別避難計画の策定に何らかの形で「着手済」の団体は84.7%(1,474団体)に達している 。
しかし、この数字の裏には統計的なマジックが潜んでいる。
対象者全員の計画策定を完了(全部策定済)している団体は全国でわずか9.1%(159団体)にすぎず、実に65.7%の団体が「一部策定済(試行的に1件でも作成していればここに含まれる)」にとどまっているのが実態である 。
依然として多くの自治体が、少数のモデルケースによる試行錯誤の段階を抜け出せていない。
4.2. 弥富市における策定状況の停滞とボトルネック
弥富市における個別避難計画の策定状況も、全国の厳しい傾向に完全に合致しており、むしろ遅行している部類に入ると推測される。
市議会の会議録(令和5年12月議会から令和6年3月にかけての議論)によれば、市はようやく個別避難計画の様式修正や要綱の整備を進め、「現在、市内2地区の自主防災会に協力を得て、当該地区の3人を対象にモデルケースとなる計画の作成を進めている」という初期段階にある 。
何千人という要支援者名簿の登載者数に対して、作成に着手したモデルケースがわずか1桁(3人)にとどまっている現状は、行政としての取り組みが圧倒的に現場の需要と時間軸に追いついていないことを如実に示している。
| 指標 | 全国(1,741市区町村)の状況(令和5年) | 弥富市の状況(令和5年~6年推移) |
|---|---|---|
| 名簿作成率 |
100%(全団体作成済) |
作成済・平時からの情報提供を実施中 |
| 個別計画 全員策定済 |
9.1%(159団体) |
未達成(事実上0%に近い) |
| 個別計画 一部策定済 |
65.7%(1,144団体) |
モデルケースとして「3人」を対象に策定中 |
| 福祉専門職の参画 |
76.0%の団体が参画に向けて取組中 |
包括支援センターや社協の専門職を交えて協議中 |
この絶望的なまでの策定遅延の背景には、複合的なボトルネックが存在する。
第一に、行政職員の圧倒的なマンパワー不足である。
個別避難計画は、単なる一斉アンケートで完成するものではない。
対象者の自宅を訪問し、身体状況や生活環境を確認したうえで、近隣の支援候補者(ボランティア)とマッチングを行い、避難経路の安全性を歩いて確認するという極めてアナログかつ労働集約的なプロセスを要求する 。
第二に、デジタル化(DX)の遅れである。弥富市では令和6年度から「住宅地図を活用した個別避難計画作成システム」を導入し、ハザードマップ情報と一体化して作成を促進する方針を打ち出しているが 、システムの導入が完了したからといって、入力すべきアナログな調整作業そのものが消滅するわけではない。
5. 要支援者名簿の「分母」問題と現場感覚に基づくトリアージ
5.1. 名簿登載者の実像:「自力避難可能層」の膨張
五之三地区防災会の現場から得られた極めて重要な洞察の一つに、「要支援者名簿に登載されていても、自力で避難できる、あるいは自分で判断できる人が実際には大半である」という事実の指摘がある。
この「現場の肌感覚」は、国の制度設計に対する根源的な批判であり、各種の学術調査や自治体の実態調査のデータと見事に符合するものである。
現行の要支援者名簿の対象者は、概ね「高齢者のみ世帯」「一定の障害手帳所持者」「要介護認定者」「妊産婦」等の外形的な属性基準によって機械的にスクリーニングされ、そこから同意を得た者が登載される仕組みとなっている 。
しかし、例えば「高齢者のみ世帯」であっても、日常的に農作業を行っていたり、自動車を運転して買い物に行けたりする層が多数含まれている。
総務省等の調査報告において、自力避難が困難とされる対象者に対して津波避難方法を調査した結果、実に87.7%が「徒歩」での避難を想定し、自力で移動可能であると回答した事例すら存在する 。
つまり、現在の要支援者名簿は、「真に自力で動けない絶対的要支援者」と「環境や情報伝達次第で十分に自力避難可能な相対的要支援者(あるいは事実上の健常者)」が未分化のまま混在した膨大なリストとなっているのである。
分母(名簿登載者数)が実態とかけ離れて膨張しているために、個別避難計画の策定率が極端に低く算出され、行政も地域も身動きが取れなくなっている。
五之三地区防災会のレポートにある「分母としての名簿の実態から言うと、一概に個別避難計画の策定率が低いことを責めるのは酷である」という指摘は、この構造的欠陥を正確に突いた極めて慧眼な分析と言える。
5.2. 「共助」の限界点と3層トリアージモデルの提唱
名簿が未分化のままでは、地域コミュニティにおけるリソース配分を致命的に誤る危険性が高い。
災害対応においては、限りある人的リソースを最大効率で運用するためのトリアージ(優先順位付け)が必要不可欠である。
内閣府の指針においても、優先度を踏まえて市町村が判断すべきとしているが 、行政の動きが遅い以上、現場の防災会としては名簿対象者を独自に分類し、支援のあり方を明確に切り分ける必要がある。
本報告書では、現場の実態に即した以下の「3層トリアージモデル」を提唱する。
第1層(A層):絶対的避難困難層(専門的「公助」が必須な層)
-
特性: 要介護度が高い寝たきりの高齢者、車椅子常用者、重度の知的・精神障害者、人工呼吸器等の医療機器装着者など。自分一人では避難計画を立てられず、物理的にも移動が不可能。
-
支援の限界: この層に対して、専門知識を持たない近隣住民(共助)が毛布やリヤカー等で浸水域から長距離を搬送することは、支援者側の二次災害リスクを著しく高めるため極めて危険であり、事実上不可能である。
-
必要な対策: 専門的な「公助」の介入が必須である。平時からの担当ケアマネジャーや福祉サービス事業者等による個別避難計画の綿密な策定 。災害時には福祉タクシーや介護車両、消防・警察等によるリフト付き車両での「福祉避難所」へのダイレクトな搬送ルートの確立が求められる。自治会・防災会は、彼らが取り残されていないかの「安否確認・通報」のみを担い、物理的搬送の責任は負うべきではない。令和6年の内閣府ガイドライン改定でも、DWAT(災害派遣福祉チーム)の活用や被災者への「福祉サービスの提供」が明記されており 、この層は完全に福祉行政の管轄とすべきである。
第2層(B層):情報・判断支援層(「共助」が最も機能する層)
-
特性: 独居高齢者や軽度障害者などで、歩行等の物理的移動は可能だが、避難のタイミング(いつ逃げるか)や避難先の判断(どこへ逃げるか)に不安がある層。認知機能の低下等により防災行政無線の内容が正確に理解できない者も含まれる。
-
支援の限界: 情報伝達や背中を押す声かけは可能だが、本人が正常性バイアス(自分は大丈夫だと思い込む心理)に陥り避難を頑なに拒否した場合、強制的に連れ出すことは法権限のない一般市民には難しい。
-
必要な対策: 「共助」が最も威力を発揮する層である。早期の避難準備情報(警戒レベル3:高齢者等避難)が発令された段階で、近隣住民(組長等)が訪問または電話等で直接声をかけ、一緒に徒歩で指定避難所へ向かう「同伴避難」の体制を組むだけで、多くの命が救われる。
第3層(C層):自立可能層(「自助」促進・共助の担い手化層)
-
特性: 高齢のみ世帯等の理由で名簿には載っているが、実際には健常者と遜色なく判断・移動が可能な層。現状の弥富市五之三地区の名簿においても相当数がここに含まれると推測される。
-
必要な対策: 地域防災の講習会等を通じて「自助」の意識をさらに高めてもらう。彼らには「支援を待つ側」から、可能な範囲でA層やB層への声かけを行う「支援する側(共助の担い手)」へと意識転換を図るアプローチが必要である 。
行政が個別避難計画の策定率を上げるために、C層に対してまで一律に分厚い計画を作ろうとすることは完全なリソースの浪費であり、そのしわ寄せが真の要支援者(A層)の放置に繋がっている点を行政は深く認識すべきである。
6. リスクコミュニケーションの不全と「自助」意識の再構築
6.1. 防災講習会の限界と正常性バイアスの壁
五之三地区防災会では、災害に対して脆弱な対象者(高齢者、妊婦等)に対し、防災の基礎知識を知ってもらい、各家庭での備え(自助)を促すため、数年前から自治会役員向けの防災講習会に準じた講習会や、小グループでの話し合いを企画・実施している [User Query]。
これは、行政の支援が行き届かない現状において、住民自身による防災力の底上げを図る極めて有効かつ先進的なソフト対策である。
しかし、「参加率が低い」という重大な課題が立ちはだかっている [User Query]。
この現象の背景には、災害リスクに対する人間の認知バイアス(正常性バイアスや楽観主義バイアス)が深く関わっている。
災害リスクへの関心度は平常時には極めて低く、特に「自分は弱者であり、名簿を通じて行政に登録したから何とかしてくれるはずだ」という受け身の意識(前述のパターナリズムへの依存)を持つ対象者ほど、自発的な防災講習会への参加意欲は乏しい傾向にある。
名簿への登録行為そのものが「自助の放棄(思考停止)」の免罪符となってしまっている皮肉な現象である。
6.2. 日常生活に組み込む「エンベデッド・リスクコミュニケーション」
このような無関心層に対して「自分の身は自分で守る」という「自助」の原則 を再認識させるには、単なる集会型の「防災講習会」という看板で人を集める従来の手法には限界がある。
今後は、地域行事の中に防災要素を埋め込む「エンベデッド(埋め込み型)リスクコミュニケーション」の戦略が必要となる。
例えば、地域の祭りや敬老会のイベントに併設して、炊き出し訓練(アルファ米や豚汁の配布)を兼ねた小規模なパネル展示を行ったり 、自治会役員が日常の見守り活動や回覧板の配布等の個別訪問を行う際に、対話的アプローチを通じて「水が出たらどこに逃げるか決めていますか?」というワンフレーズの問いかけを反復継続する手法である。
日常の延長線上で少しずつ防災意識を刷り込んでいくことが、参加率の低い層に対する最も確実なアプローチとなる。
7. 5-3地区防災会が取るべき実践的アプローチと政策提言
上記の多角的な分析を踏まえ、弥富市からのトップダウンの具体的な指示や伴走支援が期待できない現状下において、五之三地区防災会が「自分たちの身の丈に合った」持続可能な名簿活用と支援体制を構築するための理論的枠組みと具体的アプローチを以下に提言する。
7.1. 防災会としての明確な「免責事項」と「役割の限定」の宣言
まず最も重要な第一歩は、防災会としての活動の限界を明確に定義し、行政および要支援者本人(地域住民)に対してその旨を明示することである。
前述の通り、無給のボランティアである区長や防災会役員が、重度要介護者の避難誘導や救命に対する無限責任や法的義務を負うことは不可能である 。
したがって、防災会内での基本方針として「当地域の共助による支援は、災害発生時の『安否確認』および早期段階での『避難の呼びかけ(情報伝達)』を最優先とし、物理的な搬送や救助活動については、支援者自身の安全が確保される範囲内でのみ行う」というルールを成文化すべきである。
この方針を、5月の講習会等で各地区の役員間で一覧表を共有する際 [User Query]、あるいは要支援者と接する機会がある際に明確に伝えることで、「助けに来てくれるはずだったのに」という事後のトラブルを防ぐことができる。
同時に、これは役員の過度な心理的負担(命を預かる責任感の重圧)を軽減し、名簿の積極的活用(声かけへの利用)に向けた心理的ハードルを下げる最大の特効薬となる。
7.2. 名簿の「防災会独自トリアージ」の定例化
弥富市から提供される数十名規模の未分化の名簿について、防災会内で前述の「3層トリアージモデル(A・B・C層)」を用いた一次スクリーニングを定例作業として組み込む。
年度初めに各担当エリアの役員が名簿を閲覧する際、単に「誰が名簿を出しているか」を確認するだけでなく、「この方は日頃カートを押して歩いているからB層」「この方は寝たきりで介護サービスが毎日入っているからA層」といった形で、地域住民ならではの生活実態に基づく付加情報をリストに反映させる。
複雑な個別避難計画書を作成する必要はなく、「水害の警戒レベル3が出たら、○○さんが△△さんに電話をする」というシンプルな初動ルール(1対1または複数対1の紐付け)を定めるだけで、地域防災の実効性は飛躍的に高まる。
7.3. 属人化の排除:行動のシステム化とDIGの活用
「役員が1~2年で交代してしまうため、年度初めに相当くどくどと言わなければ分からない」という構造的課題 [User Query] を解決するためには、人間の記憶や熱意に依存しない「システム化(マニュアル化)」による属人性の排除が不可欠である。
弥富市の提供する汎用的な避難所運営マニュアル とは別に、五之三地区防災会独自の「要支援者名簿運用フロー(A4判1ページ程度の極めて簡潔なもの)」を作成する。
ここには、名簿の保管場所、年度初めの閲覧手順、A・B・C層の分類ルール、災害時の声かけ手順のみをフローチャートで記載する。
さらに、年に1回、名簿と住宅地図を用いた机上演習(DIG:Disaster Imagination Game)を役員の定例会に組み込むことを推奨する 。
新しい役員が着任した際、座学で「個人情報に気をつけて」と説教するよりも、白地図に要支援者の居住地をプロットし、「堤防が決壊してこの道が冠水したら、誰が〇〇さんの家に声をかけに行くか」をシミュレーションさせる方が、圧倒的に当事者意識と空間的理解度が高まる。
7.4. 行政(弥富市)への戦略的フィードバックと政策提言
5-3地区防災会単独の努力には限界がある。「市からの指示やお願いがほとんどない」という受動的な現状 [User Query] にとどまらず、現場の課題を体系化し、行政に対して政策提言を行う「提案型」の防災組織へと進化することが望まれる。具体的には、以下の3点について市へ要望・協議を行うことが考えられる。
-
申請時における「インフォームド・コンセント」の導入: 要支援者が市に名簿登録を申請する際、「行政や自治会が確実に物理的搬送を保証するものではないこと」「自助が基本であること」を明確に説明し、チェックリスト等で理解度を確認するフローの導入を強く求める 。
-
トリアージ結果の逆提案とモデル事業の適正化: 自治会が独自に行ったトリアージ(A/B/Cの分類実態)を行政にフィードバックし、「このA層の対象者は我々地域住民の手では絶対に搬送できないため、至急、福祉専門職を交えた個別避難計画の策定と、福祉避難所への確実な輸送ルートの確保を行ってほしい」という逆提案(突き上げ)を行う。市が進めている個別避難計画の「モデル事業」 の対象を、真に支援が必要なA層に絞り込むよう働きかける。
-
福祉専門職とのハブ機能の構築: 地域防災計画の中に、ケアマネジャーや訪問看護ステーション等の福祉専門職との情報共有会議を位置づけるよう市に要求する 。防災会だけで要支援者を背負い込むのではなく、福祉のプロフェッショナルと地域ネットワークを結合させるプラットフォームの構築を行政の責任において主導させる。
8. 結論:名簿の「神話」からの脱却とプラグマティックな防災へ
本報告書における一連の検証から導き出される結論は、現在の「避難行動要支援者名簿」という制度が、国・行政・地域住民の三者間において深刻な「認識の非対称性」と「責任の真空地帯」を生み出しているという厳しい現実である。
国が法改正で求める精緻な「個別避難計画」の策定は、基礎自治体(弥富市)のマンパワーと福祉・防災の連携不足によって極端に停滞している。
その結果、自治体は個人情報保護の建前を強調しながら、実質的な避難誘導のスキーム構築を、専門知識も法的権限もない自主防災組織(5五之三地区防災会など)へと暗黙のうちに丸投げしている。
一方、名簿に登録した要支援者本人は、簡素な同意手続きゆえに「行政に登録したから助かる」というパターナリズムに陥り、自助の意識を喪失させている。
この膠着状態を打破するためには、名簿が万能の救済リストであるという「神話」から完全に脱却しなければならない。
五之三地区防災会が取るべき今後の戦略は、行政からの非現実的な指示を待つ受動的姿勢を捨て、現場の実態に基づくプラグマティック(実用主義的)なアプローチへと転換することである。
すなわち、膨大な名簿を冷静に分析し、「自力で動ける層(自助の促進)」、「声かけで動ける層(共助による情報伝達)」、「自力では全く動けない層(公助・福祉専門職への移管)」へと峻別するトリアージを断行することである。
そして、民間ボランティアとしての免責事項を明確にした上で、「安否確認」と「初期の避難呼びかけ」という、地域住民に実現可能なタスクにのみリソースを集中させるべきである。
五之三地区防災会が現在直面している苦悩と試行錯誤は、決して同地区特有のものではなく、全国の自治体・自主防災組織が直面している構造的課題の最前線である。
現場の「肌感覚」に基づく要支援者の実態把握と、それに基づく身の丈に合った支援体制の再構築こそが、行政の空理空論を凌駕する最も強力な地域防災の基盤となる。
本報告書の多角的な検証と提言が、同防災会における持続可能かつ実効性の高い避難支援モデル構築の理論的支柱となり、ひいては弥富市全体の防災行政を動かすための建設的な政策提言の確固たる裏付けとなることを確信するものである。
9. 付録:災害時要支援者 現場ヒアリング・トリアージチェックリスト(インフォームド・コンセント対応版)
本チェックリストは、防災会役員や行政職員が、名簿登録希望者(または登録済みの要支援者)と直接面談・ヒアリングを行う際に使用するシートである。対象者の実態に即した「トリアージ判定」を行うとともに、地域共助の限界に関する「インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)」を確実に取得することを目的とする。
【基本情報】
-
対象者氏名: ______________
-
住所・電話: _______________________
-
同居家族の有無: 有(内訳:_________) / 無(独居)
第1部:支援の限界と同意事項(インフォームド・コンセント)の確認
面談者は以下の項目を読み上げ、対象者および家族の理解と同意を得た上で [ ✔ ] を入れる。
-
[ ] 1. 支援の任意性と無保証の理解 地域の防災会や近隣住民による避難支援は、善意に基づく「任意の協力」です。名簿への登録によって、災害時の確実な支援や救出が法的に保証されるものではないことを理解しましたか 。
-
[ ] 2. 支援者の安全優先と免責の理解 災害時には、支援者(近隣住民や自治会役員)自身およびその家族の安全確保が最優先されます。そのため、被災状況や悪天候、人員不足などによっては支援に向かえない場合があり、その際も支援者に法的責任は発生しないことを理解しましたか。
-
[ ] 3. 「自助」が基本であることの理解 災害対応の基本は「自分の命は自分で守る(自助)」です。行政や地域からの支援を待つだけでなく、日頃からの備蓄や家屋の安全対策、早めの避難判断などを各家庭で行う必要があることを理解しましたか 。
-
[ ] 4. 情報共有への同意 災害時の安否確認や初期の呼びかけに活用するため、本シートで確認した内容を、防災会、組長、民生委員等の「避難支援等関係者」に平時から提供することに同意しますか 。
【確認・同意署名欄】 上記の内容について十分に説明を受け、理解・納得した上で、地域における避難支援情報の運用に同意します。
-
本人署名: _____________________ 日付:__年__月__日
-
家族・代筆者署名: _________________ 続柄:_________
第2部:避難支援のための状況ヒアリング(トリアージ判定用)
対象者の身体状況や判断能力をヒアリングし、該当するものに [ ✔ ] を入れる。
ステップ1:物理的移動能力の確認(専門的「公助」の必要性)
-
[ ] 常に寝たきり、または車椅子が必須であり、自力での移動や段差の解消が極めて困難である。
-
[ ] 人工呼吸器や酸素療法、たんの吸引機など、電源が必要な医療機器を常時使用している。
-
[ ] 避難所までの移動において、専門職の支援や介護車両(車椅子対応タクシー・ストレッチャー等)による搬送が不可欠である。
➡️ 1つでもチェックがある場合 = 【A層:絶対的避難困難層】
-
(※A層の場合、防災会での物理的搬送は危険なため、行政やケアマネジャーにフィードバックし、福祉避難所へのダイレクトな搬送ルート(個別避難計画)の策定を強く要請する。)
ステップ2:情報取得・判断能力の確認(地域「共助」の必要性)
(ステップ1が全て該当しない場合)
-
[ ] 杖や手押し車等を使えば歩行可能だが、自分一人(または高齢の家族のみ)で最も近い指定避難所まで移動する自信がない。
-
[ ] 認知機能の低下や視覚・聴覚の障害により、防災行政無線やテレビの情報を自力で正確に把握して、避難のタイミングを判断することが難しい。
-
[ ] 災害時でも「自分は大丈夫だ」と思い込みやすく、近隣住民からの直接的で強い「声かけ(一緒に逃げましょう)」が必要である。
➡️ 1つでもチェックがある場合 = 【B層:情報・判断支援層】
-
(※B層の場合、警戒レベル3(高齢者等避難)の段階で、近隣住民や組長が直接訪問・電話で声かけを行い、可能な範囲で「同伴避難」する体制を防災会内で整える。)
ステップ3:自立避難能力の確認(「自助」の促進)
(ステップ1・2のどちらも該当しない場合)
-
[ ] 身体的にも判断力にも大きな問題はなく、いざとなれば自力で(または同居する家族のサポートのみで)安全な場所へ避難行動を起こすことができる。
➡️ チェックがある場合 = 【C層:自立可能層】
-
(※C層の場合、名簿登録は維持しつつも実質的な介助は不要とする。防災講習会等を通じて更なる「自助」を促し、余力があればB層への声かけ役(共助の担い手)を依頼する。)
ヒアリング実施者(役員・職員等)記入欄
-
実施者氏名: ________________
-
特記事項・懸念点:
